すべての花へそして君へ③


“――いいか翼。よく聞け”


 プロカメラマン――黒瀬優。彼を知る人は口々に言う。



『ああ? お前ふざけてんの? そんなんじゃ葵ちゃんは疎か、誰も見てくれやしねえぞオラ』

『思ってませんよ! でももうちょっと、前みたいにちゃんと指示をですねえ』

『はあ? 俺の指示で動いてどうすんだバカか? そんなんで金もらえんならお前に頼んでねえんだよアホ』

『右も左もわからないド新人に! せめてもうちょっと、イロハのイくらいは説明しろって言ってんですよ!』

『は? そんなん適当にホイホイしろやワレ』

『できるかー!』



 性格は傲慢、横暴、自分勝手、自信家。口を開けば罵詈雑言、悪口雑言、屁理屈の嵐。



『断ちてえんだろ。ウジウジすんな男だろ。それでも金〇付いてんのかコラ』

『はあ。……いやこれ、もしかしなくとも……早まっただろ』



 スタジオでは、そんな言葉の応酬がいつもの光景。



『――よし、今の今日イチ!』

『もしかしなくとも、カメラ好き?』

『あ? ……カメラというか、人が好きだな』

『人?』

『じゃねえと、そもそも仕事にしてねえよ』

『……それもそっか』

『いろいろ言うけど、お前のこともちゃんと好きだから』

『……だったら、もう少し控えめにお願いしたいんですけど』

『馬鹿野郎。んな生温いこと言ってたら葵ちゃん見返せねえだろ』

『……だから、誰が言ったんですかそんなこと』

『は? よいよ呆けかましてんなあこりゃ』

『指差すな。違うっつってんだろが』



 そして、誰よりも人を愛し。そして誰よりも、人に愛される人。


“俺は、お前を利用すると言ったが、お前という人物そのものを有名にさせる気は更々ない”


 無名だった彼という存在が世に名を残すきっかけになった背景には、一人の無名モデルを差し置いて他にはいない。

 その理由の一つとして挙げられるのは、撮り続けてきた写真全てに、“鼻から上が写っていない”ということだ。
 この撮り方には、彼のポリシーに似た何かを感じさせるが、それ以上に驚くことがある。

 ある写真は、すらりと長い手足。
 ある写真は、細く長い指先。
 そしてある写真は、優艶な口元。

 彼の技術か。はたまたモデルの生まれ持つ才能か。切り取られた体の一部分だけで、こんなにも魅了されるものだろうか。


“――お前はまだ、モデルじゃねえ。ちょっと素材がいいだけの、ただのお人形だ。俺がいなくなった、その時から。お前はようやく、モデルだ。……あ? さっさとなりたかったら、もうちょっといい感じのポーズしろド阿呆”


 顔出しNGモデルは、一体どんな人物なのか。
 様々なメディアで取り上げられているが、彼女が名乗り出てくることは二度となく。黒瀬氏が退いてから一年が経った今でも、謎に包まれたままだ。