じと目の彼を軽く受け流し、わたしは今の情勢を聞くことにした。もしかしたら、仕事中に小さな物事がわたしの耳に入らないまま流れてしまっているかもしれないからだ。


「あのさ、仕事詰めてなかったら入院することもなかったかもしれないんだよ? その辺ちゃんとわかってる?」

「わかってるわかってる~」

「一体何をしたら面会謝絶になるまでの病気を拗らすの」

「ん? インフルエンザウイルスと肺炎球菌のダブルパンチ!」


 それに、彼なら隅から隅まで網羅しているだろう。掻い摘まんで物事の流れを把握するには、彼以上に適任はいない。調子に乗るので、敢えて口には出さないけれど。


「……俺、花咲さんに今日一日看病頼まれてるんだけど」

「ありゃ、そうだったのか。じゃあこれもその一部ってことで」

「二人が仕事から戻ってきた時に、葵が再び病院送りになってたらどうしよう……」

「そん時はそん時さ! ささ、ウェルカム情勢!」


 ため息をつきながら、それでもわたしからのお願いを断ることはなく。躾のよくできたわたしの優秀な元執事は、気になった物事をピンポイントで話し始めた。

 それに耳を傾けながら、倒れる直前の仕事状況について、わたしは頭の中で整理をする。確か、あの日ははじめ、彼女に会いに行ったんだ。


 ――――――…………
 ――――……


 話を終えると、向かいに座る女性は、言いようのない顔で眉を顰めた。
 こちらと、手元にある資料を交互に見て一言、「信じられない」と額に手を当て、ぐしゃり紙を握り潰す。


「……決して疑っているわけではないよ」

「はい。それはわかっています」

「しかし、そうとなるとこれは厄介な話になるぞ」

「なので、こうして直々に伺わせてもらいました」


「だろうな」と、彼女は深く息を吐いた。そして何故か、続けて嬉しそうに「そうかそうか」と頰を緩ます。
 不思議に思い首を傾げていると、はっと我に返った彼女はばつが悪そうに顔を背けてしまった。


「すまない。今は仕事中だった」

「わたしは気にしませんけど……」


 どうしたんですか、というニュアンスを込めて反対方向に首を傾けた。
 すると、先程とは打って変わって“母”の顔をした彼女は再び、優しい顔で頬を緩ませた。


「いや……何だ。娘は本当に、いい友達を持ったと思ってな」

「……それは」