「はい。お待ち遠様」
「わ。……美味しそう。しかも和風だ」
こんなにも鮮明に思い出していたのは、あまりにも目の前から香ってくる匂いが美味しそうだったからだ。もうお腹はぺこぺこで、正直我慢の限界だった。
「付け合わせです」
「わーいありが、と……」
小さな小鉢を受け取ると、何故か嬉しくて泣きそうになった。
「……煮豆だ」
「生憎、大豆は切らせておりまして」
「……ありがとう」
「……アヤさんには負けるけど、不味くはないと思う」
とは言いつつ味が心配らしい彼の視線を感じて、まずは煮豆を一口。思わず涙腺が緩んでしまった私に、少し慌てた様子の彼。なかなか出せない声を振り絞り、美味しいと一言伝えると、ほっと安心したように息をついた。
「……食後は何にする」
「もちろんコーヒーで」
「一応ほうじ茶もあるよ」
「マスターのコーヒー久々だもん。選択肢は一択だよ」
杜真君お手製の料理を確と堪能し、すっかすかだったお腹の中は、料理と彼の気持ちでいっぱい満たされた。
コーヒーの美味しさに魅了された今では、ほうじ茶もあまり飲むことはない。そりゃたまにならあるけど。
私の希望に「了解」と彼は優しく笑って、とんと私の前に何かを差し出した。
「……これ。ほうじ茶のケーキ……」
「美味しくなかったらすみません」
「……えっ?」
「流石に、マスターのようにはいかないので」
続けて出てきたコーヒーに、思わず目を瞠る。
「……杜真君、これ……」
「いつかできなかったリベンジを」
『……何か飲みますか? と言ってもお酒は作れませんけど』
『……じゃあ、コーヒー』
『え?』
『桐生君が淹れてくれたコーヒー、飲んでみたいなって』
あの時はただ居心地が悪くて。何の気なしに言ったのに、覚えていてくれたんだ。
彼が再び心配そうに見守る中、私はゆっくりとそれに口をつけた。
「……」
「……アヤさん? あの、美味しくなかったら吐き出していいから。口直しにケーキ食べて」
「……しい」
「え?」
「……っ。せかいいち、……おいしいっ」
「……最近泣き虫だね」
そうしたのは君でしょう?
そんな文句は、「今こんなに泣いて、この後どうするの」なんて言った彼のせいで、もうどうでもよくなった。



