すべての花へそして君へ③


「はい。お待ち遠様」

「わ。……美味しそう。しかも和風だ」


 こんなにも鮮明に思い出していたのは、あまりにも目の前から香ってくる匂いが美味しそうだったからだ。もうお腹はぺこぺこで、正直我慢の限界だった。


「付け合わせです」

「わーいありが、と……」


 小さな小鉢を受け取ると、何故か嬉しくて泣きそうになった。


「……煮豆だ」

「生憎、大豆は切らせておりまして」

「……ありがとう」

「……アヤさんには負けるけど、不味くはないと思う」


 とは言いつつ味が心配らしい彼の視線を感じて、まずは煮豆を一口。思わず涙腺が緩んでしまった私に、少し慌てた様子の彼。なかなか出せない声を振り絞り、美味しいと一言伝えると、ほっと安心したように息をついた。


「……食後は何にする」

「もちろんコーヒーで」

「一応ほうじ茶もあるよ」

「マスターのコーヒー久々だもん。選択肢は一択だよ」


 杜真君お手製の料理を確と堪能し、すっかすかだったお腹の中は、料理と彼の気持ちでいっぱい満たされた。
 コーヒーの美味しさに魅了された今では、ほうじ茶もあまり飲むことはない。そりゃたまにならあるけど。

 私の希望に「了解」と彼は優しく笑って、とんと私の前に何かを差し出した。


「……これ。ほうじ茶のケーキ……」

「美味しくなかったらすみません」

「……えっ?」

「流石に、マスターのようにはいかないので」


 続けて出てきたコーヒーに、思わず目を瞠る。


「……杜真君、これ……」

「いつかできなかったリベンジを」


『……何か飲みますか? と言ってもお酒は作れませんけど』

『……じゃあ、コーヒー』

『え?』

『桐生君が淹れてくれたコーヒー、飲んでみたいなって』


 あの時はただ居心地が悪くて。何の気なしに言ったのに、覚えていてくれたんだ。
 彼が再び心配そうに見守る中、私はゆっくりとそれに口をつけた。


「……」

「……アヤさん? あの、美味しくなかったら吐き出していいから。口直しにケーキ食べて」

「……しい」

「え?」

「……っ。せかいいち、……おいしいっ」

「……最近泣き虫だね」


 そうしたのは君でしょう?
 そんな文句は、「今こんなに泣いて、この後どうするの」なんて言った彼のせいで、もうどうでもよくなった。