きっとそれは、私の知るべきではないところ。少しそれが寂しいけれど、そのコーヒーを一緒に飲めているだけで、私は十分嬉しかった。
『先輩』
『……ん?』
『昔、と言っても数年前ですけど、俺には叶えたいちっぽけな願いがありました』
『……うん。どんな願い?』
『いつかもし俺に彼女ができたら、ここのコーヒーを、カウンター席に二人並んで、飲んでみたいなって』
『……』
『……そんな、ちっぽけな幸せです』
『……っ』
――渇望。
あんな作品を見せられた後で、今、そんなことを言われて気付かないほど、私もバカじゃない。鈍感じゃない。
『……もう、大丈夫、なの……?』
『はい。後はまあ、見守ってるだけで十分かなと』
『もう。自分の幸せを、考えてあげられるの……?』
『……そうですね、結構前から。それは考えてたかもしれません』
溢れた涙に、そっと指が伸びてくる。わずかに触れたその冷たさに、彼もまた、私と同じく緊張していたのだとわかった。
『先輩』
『……はい』
『コーヒー飲めちゃいましたから契約は終わっちゃいますけど。よければ今度は、俺と新しい関係を築きませんか』
『……きりゅうくん』
『二年間、じっくり考えさせたんです。……逃げたくても、逃がしませんよ』
『……っ』
『それでもよければ。俺の、……彼女になってください』
『……はいっ』
その後は、声も出せないままボロボロ涙をこぼした。一生分の涙を流したんじゃないかと思うくらい、長い間、嬉しさを噛み締めながら泣いた。
それもこれも全部、目の前にいる人のせいだけど。



