すべての花へそして君へ③


 きっとそれは、私の知るべきではないところ。少しそれが寂しいけれど、そのコーヒーを一緒に飲めているだけで、私は十分嬉しかった。


『先輩』

『……ん?』

『昔、と言っても数年前ですけど、俺には叶えたいちっぽけな願いがありました』

『……うん。どんな願い?』

『いつかもし俺に彼女ができたら、ここのコーヒーを、カウンター席に二人並んで、飲んでみたいなって』

『……』

『……そんな、ちっぽけな幸せです』

『……っ』


 ――渇望。
 あんな作品を見せられた後で、今、そんなことを言われて気付かないほど、私もバカじゃない。鈍感じゃない。


『……もう、大丈夫、なの……?』

『はい。後はまあ、見守ってるだけで十分かなと』

『もう。自分の幸せを、考えてあげられるの……?』

『……そうですね、結構前から。それは考えてたかもしれません』


 溢れた涙に、そっと指が伸びてくる。わずかに触れたその冷たさに、彼もまた、私と同じく緊張していたのだとわかった。


『先輩』

『……はい』

『コーヒー飲めちゃいましたから契約は終わっちゃいますけど。よければ今度は、俺と新しい関係を築きませんか』

『……きりゅうくん』

『二年間、じっくり考えさせたんです。……逃げたくても、逃がしませんよ』

『……っ』

『それでもよければ。俺の、……彼女になってください』

『……はいっ』


 その後は、声も出せないままボロボロ涙をこぼした。一生分の涙を流したんじゃないかと思うくらい、長い間、嬉しさを噛み締めながら泣いた。
 それもこれも全部、目の前にいる人のせいだけど。