『……ほうじ茶?』
あれ? そういえばこのケーキ、喫茶店のメニューにあったっけ?
『そちらは、とあるお客様からお嬢さんにと』
『……えっ?』
『匿名を希望されてるみたいで、名前は言えないんだけどね』
『……美味しいですって、ありがとうって、伝えてもらえますか?』
承知しましたと、そうしてマスターの笑顔と一緒に出てきたコーヒーを、私はじっと見つめた。
『飲まないの?』
『……飲めなかったら申し訳なくて』
香りは、こんなにも素敵な匂いなのに。いざ口に入るとどうしてものすごく苦いのか。正直何故美味しそうに飲めるのか、未だにわからなかった。
『大丈夫だと思うよ』
『……どっから出てくるのその自信』
『大丈夫そうなの、選んでもらったから』
『……え?』
『ま、それでも飲めなかったらマスターの腕が落ちたのかもね』
『そういうことだから、お嬢さん。一口飲んでみてくれるかい?』
もしかしてこの一杯は、普段出してるものとは全然違うもの? 私だけのために、二人が作ってくれたもの?
二人に背中を押され、そっとカップを持ち上げる。……まずは匂いを嗅いで、十分堪能してから砂糖もミルクも何も入れずに一口。……あれ。
『……苦く、ない』
寧ろ、砂糖もミルクも、何も入れなくてよさそう。……美味しい。
『おいしいです、すごく』
『そうかい?』
『お、おいしいよ! 桐生君!』
『それはよかったですね』
まるで、当たり前でしょ。そう言いたげな横顔は、涼しげな顔をしてカップに口をつけていた。もうっ。もう少し喜んでくれたっていいのに。
用事は済んだと言わんばかりに、満足げな顔をしてマスターはまたいつもの如く奥の事務所へと行ってしまった。
『……マスターのコーヒーには、魔法がかかってるんだと思います』
『……え? 頭大丈夫?』
『……至って正常ですよ。俺も、ここのコーヒーに何度も救われたので』
『……そっか』



