すべての花へそして君へ③


『……ほうじ茶?』


 あれ? そういえばこのケーキ、喫茶店のメニューにあったっけ?


『そちらは、とあるお客様からお嬢さんにと』

『……えっ?』

『匿名を希望されてるみたいで、名前は言えないんだけどね』

『……美味しいですって、ありがとうって、伝えてもらえますか?』


 承知しましたと、そうしてマスターの笑顔と一緒に出てきたコーヒーを、私はじっと見つめた。


『飲まないの?』

『……飲めなかったら申し訳なくて』


 香りは、こんなにも素敵な匂いなのに。いざ口に入るとどうしてものすごく苦いのか。正直何故美味しそうに飲めるのか、未だにわからなかった。


『大丈夫だと思うよ』

『……どっから出てくるのその自信』

『大丈夫そうなの、選んでもらったから』

『……え?』

『ま、それでも飲めなかったらマスターの腕が落ちたのかもね』

『そういうことだから、お嬢さん。一口飲んでみてくれるかい?』


 もしかしてこの一杯は、普段出してるものとは全然違うもの? 私だけのために、二人が作ってくれたもの?
 二人に背中を押され、そっとカップを持ち上げる。……まずは匂いを嗅いで、十分堪能してから砂糖もミルクも何も入れずに一口。……あれ。


『……苦く、ない』


 寧ろ、砂糖もミルクも、何も入れなくてよさそう。……美味しい。


『おいしいです、すごく』

『そうかい?』

『お、おいしいよ! 桐生君!』

『それはよかったですね』


 まるで、当たり前でしょ。そう言いたげな横顔は、涼しげな顔をしてカップに口をつけていた。もうっ。もう少し喜んでくれたっていいのに。
 用事は済んだと言わんばかりに、満足げな顔をしてマスターはまたいつもの如く奥の事務所へと行ってしまった。


『……マスターのコーヒーには、魔法がかかってるんだと思います』

『……え? 頭大丈夫?』

『……至って正常ですよ。俺も、ここのコーヒーに何度も救われたので』

『……そっか』