すべての花へそして君へ③


 悪いね――そんな小さな笑みを浮かべた彼は、メニュー表をそっと見せてくる。どうやら彼が作ってくれるらしい。


「……そういえば献上品は?」

「あ。納豆!」

「……どんだけ納豆好きなんだっつの」

「えっとね、じゃあハンバーグにしようかな?」

「人の話また聞いてねえし」

「毒味もお願いします」


「あ?」と、こめかみにかすかに青筋を浮かべた彼だったけれど、律儀に納豆は受け取ってくれた。相変わらず優しい魔王様だこと。

 調理に取りかかった彼をカウンター越しに眺めていると、ふっと笑みがこぼれた。


「どうしたの」

「いろいろ思い出しちゃった」

「たとえば?」

「初めてのバレンタインデーの時とか」

「ああ。アヤさんがすっかり忘れてたあの」

「……まだ怒ってるの?」

「まあね。普通に貰えるもんだと思ってたから」

「……ねえ。やっぱり杜真君、もうその頃から私のこと」

「好きじゃなかったよ別に」

「……頑ななんだから」


 その時はまた、契約の関係になっていて。まだ、彼の気持ちはわからなかった。


「ちなみに、私もまだ怒ってるんだからね。どうしてあの時私に声かけてくれた子が、あの写真の子だって教えてくれなかったの」

「怒るも何も、俺その場にいなかったし。気付かない方が悪くない? 普通に考えて」

「おかげで未だ会わせてもらえずじまい。けど、あの時の杜真君の悩みの種。みんな解決して本当によかったね」

「そうだね」

「……それで。いつ会わせてくれるの」

「ま、そのうち会えるんじゃない」


 毎度聞いてもこの調子。まあ、会わせる気はあるらしいから、首を長くして待っていることにしよう。


「……それとね、ここに走ってくる時にね? すごいデジャブで。あの時のこと思い出しちゃった」

「あの時って?」

「私の、大学最後のコンテスト」

「ふーん」


 カツン――卵にヒビを入れた彼は、片手で割ってグチャグチャとボウルの中でタネを捏ね始める。素っ気ない態度から、どうやら照れているみたいだった。


「人の就職活動中を、隠し撮りするのは如何なものかな」

「人の私生活隠し撮りするのはいいんだ」

「……ふふっ。ごめん」

「何が」

「毎回、そういう切り返しだから。よっぽど恥ずかしいんだろうなって」

「そう思うんなら、思い出しても口に出して欲しくないんですけどね」


 ごめんね、それは無理だ。
 だって、あの時があったから、今の私たちがあるんだから。