すべての花へそして君へ③

 ✿


 あれから六年の月日が流れ。気付けば俺の隣には、あの時の彼女がいた。
 あれだけ嫌いだ苦手だと言っていたコーヒーが飲めるようになるまでは、付き合ってあげようと思っていたけれど。……今思えば、一体どれだけのコーヒーを、今日まで一緒に飲んできただろう。


“さあ。……お前はどうする”


 ふと、そんな幸せな記憶を頭に思い浮かべながら。真剣な杏子さんの視線を、俺はただ、真っ直ぐに受け止めた。


「両方、大事にします」


 救いを求め、必死に伸ばされた手も。今も、そしてこれからも。いつも隣を歩く、彼女の手も。


「それができない時は」

「できない時なんかありません」

「……」

「大事なものがあるから、その手が大事だと、わかるんだと思います。杏子さんだってそうでしょう」


 彼女は資料に目を落としながら、ふっと笑みを洩らした。「満点回答だ」と。


「それで? 女運の悪いお前に捕まったかわいそうな女子は、どんな子なんだ」

「……そうですね。忠犬の座敷童? いや荷物運び?」

「……」

「冗談ですよ。俺と同じで、全く男運のない人です」

「………………」

「あ。今かわいそうだって思ったでしょ」

「最初からかわいそうだと言っている」

「けど、……いい人ですよ。すごく」

「……あまり、からかってやるなよ」

「俺も彼女も、それが楽しみなんでいいんですよ」


 彼女にはまるでゴミでも見るような視線を向けられてしまったけれど、そんなものが気にならないくらいには、俺もちょっと浮かれているらしい。


「……どうした杜真」

「あ、すみません」

「別に、気が抜けられる時は抜いて問題ない」

「……ちょっと、楽しみで」

「……なんだ。今夜はデートか」

「その前に婚約指輪を買いに」


 彼女は年上だけど、可愛らしい人だから、大人っぽ過ぎず、でも綺麗なものを選んであげよう。
 頭の中でいろいろ算段をしていたら、ものすごく不思議そうな視線を感じた。案の定、杏子さんは目をパチパチとさせている。


「結婚はまだじゃなかったか」

「その約束くらいはしてもいいかなと」

「……」

「……実際結婚はまだ先ですよ。けど、彼女はもう社会人四年目ですから」


 そんな誓いくらい、立ててもいいんじゃないかと思う。


「女性って、そういう約束が目に見えてると嬉しいんでしょう?」

「人によりけりだな」

「けど、俺が嬉しいんで、そうすることにしたんです」

「……そうか」


 一体彼女は、どんな反応をするだろう。
 いつもみたいに、常識ない大きな声で大喜びするだろうか。それとも、初めて一緒にコーヒーを飲んだその時みたいに、声も出せずに涙をこぼすだろうか。


「ま、そういうことなので。昨日付き合った分、今日はちゃんと定時で上がらせてもらいますね」


 今から、彼女の反応を見るのが楽しみで仕方がない。