すべての花へそして君へ③


「……要は、シズルさんを敵だと思ってました」


 敵、だなんて。そんなの、戦国時代くらいに置いてきたんじゃないの? 世の中平和だよ? けど桐生君の周りでは、平和じゃないっていうの……?


「アヤメちゃんは、写真に映ってた子、誰だか知ってる?」

「え? ……有名、なんですか?」

「……有名って言えば」

「有名かもしれませんね、ある世界では」


 え? ちょっと待って? 軽くパニック。あの写真に映ってたのは、桐生君の恩人の女の子、なんだよね?
 その子は実は有名人で。それを、あまり好意的とは思えない視線で見ていたシズルさん。


「彼女が、危ない奴にストーキングされてると思って、桐生君はシズルさんを疑ってたんだ」

「そうそう」

「けどそれは間違いだったみたいなんです」


 ――寧ろ彼は、彼女を見守る側だった。


「……それが、行き過ぎた疑心? じゃあ、シズルさんは彼女のボディーガードみたいなもの?」

「そういう場合もあるけど、そうじゃない場合の時もある。ちょっと複雑なんだ、僕らの関係」


 小さく肩を竦めた彼は、「まあ、大体そんな感じだから、後のところはお若い二人で」と、引き止める気も間も与えないままに席を立つ。
 確かに、変装している時点で何かあるんだろうなってことはわかるし、彼の言った通り、本当に複雑なんだろう。


「ありがとうございました。すみませんお願いして」

「いいよいいよー。正直脅された時はどうなることかと思ったけど」


 それを深く聞かないってことは、恐らくだけど踏み込んではいけない場所。私が彼から聞いてもいいのは、ここまでなんだろう。


「じゃあねアヤメちゃん」

「あ、はい! また!」

「(聞き分けのいい子は嫌いじゃないよ)」

「……え?」

「ありがとうって、言ったんだよ」

「あ。……はいっ」


 シズルさんを見送ると、お店の中がしんと静まり返る。あんなに、さっきまで賑やかだったのが嘘みたいだ。


「……今日、マスターは?」

「今ちょっと席外してる」


 そういう空気は、読まなくてよかったのに。少し、この空気が気まずい。居心地悪い。


「……何か飲みますか? と言ってもお酒は作れませんけど」

「……じゃあ、コーヒー」

「え?」

「桐生君が淹れてくれたコーヒー、飲んでみたいなって」