すべての花へそして君へ③


 私が来るまでの間、シズルさん一家がここを貸し切って夕食を食べていたらしい。迎えのタクシーが来ると、奥さんと娘さんたちは先に帰っていった。


「あれ? シズルさんご一緒に帰らなくてよかったんですか? マスターには申し訳ないですけど、この後私しか多分いませんよ?」

「んー、帰りたいのは山々なんだけど」

「言ったでしょ、話してもらうって」


 え。じゃあ、桐生君が悪い顔してた原因って……シズルさんだったの?


「先に謝っておくと、今回のことは俺の行き過ぎた疑心が原因です。本当、すみませんでした」

「……疑心って?」

「先輩、シズルさん見て何か思い出さないですか」

「何か……って」


 じっと彼を見つめてみると、彼も何故か楽しそうに笑いながらこちらを見つめ返してくる。
 彼に会うたび、何かが……ううん。何かを忘れているような気がするのは、桐生君の言う“思い出さない”と、何か関係があるらしい。


「(……香水の効き目は上々かな)」

「……? 何か言いました?」

「ううんなんでもないよ。正解は」

「熱海の写真」

「……熱海」

「映ってたでしょ。キャップの男」

「……え」

「ま、無理もないよねー」

「ええ!?」

「印象違いますしね。というか別人」


 わかるかーい。あの写真は黒髪で、今は茶髪に眼鏡……。


「……あ。けど、言われてみれば、何となく面影が……」


 既視感があったのは、そういうことか。


「だったらもしかして、あの時私に声をかけたのも……」

「……あの時って?」

「……!? あ、ううんなんでもない!」

「それはそうと、お話ししないんですか? 桐生君」


 パチン――そう指を一度だけ鳴らした彼は、そうやって話題を逸らしてくれた。だから、はっきり思い出せた。やっぱりあの時のフードの人はシズルさん。それならあの時『またね』って言ったのも、『また会ったね』って言ってたのも頷けるもん。


“俺ってば、疑って追われてる方が燃えるんだよね”


「……桐生君が疑っていたのは、シズルさん……?」

「「………………」」


 何故か、物凄く驚いた目で二人ともこっち見てくるんですけど。
 書いてあるよ。なんで、お前の脳味噌でわかったんだって。書いてあるよ、顔に。


「わ、私だってやる時はやる」

「シズルさん何か言いました」

「言っちゃったかも」


 たまには、素直に褒めてくれてもいいと思うの。