私が来るまでの間、シズルさん一家がここを貸し切って夕食を食べていたらしい。迎えのタクシーが来ると、奥さんと娘さんたちは先に帰っていった。
「あれ? シズルさんご一緒に帰らなくてよかったんですか? マスターには申し訳ないですけど、この後私しか多分いませんよ?」
「んー、帰りたいのは山々なんだけど」
「言ったでしょ、話してもらうって」
え。じゃあ、桐生君が悪い顔してた原因って……シズルさんだったの?
「先に謝っておくと、今回のことは俺の行き過ぎた疑心が原因です。本当、すみませんでした」
「……疑心って?」
「先輩、シズルさん見て何か思い出さないですか」
「何か……って」
じっと彼を見つめてみると、彼も何故か楽しそうに笑いながらこちらを見つめ返してくる。
彼に会うたび、何かが……ううん。何かを忘れているような気がするのは、桐生君の言う“思い出さない”と、何か関係があるらしい。
「(……香水の効き目は上々かな)」
「……? 何か言いました?」
「ううんなんでもないよ。正解は」
「熱海の写真」
「……熱海」
「映ってたでしょ。キャップの男」
「……え」
「ま、無理もないよねー」
「ええ!?」
「印象違いますしね。というか別人」
わかるかーい。あの写真は黒髪で、今は茶髪に眼鏡……。
「……あ。けど、言われてみれば、何となく面影が……」
既視感があったのは、そういうことか。
「だったらもしかして、あの時私に声をかけたのも……」
「……あの時って?」
「……!? あ、ううんなんでもない!」
「それはそうと、お話ししないんですか? 桐生君」
パチン――そう指を一度だけ鳴らした彼は、そうやって話題を逸らしてくれた。だから、はっきり思い出せた。やっぱりあの時のフードの人はシズルさん。それならあの時『またね』って言ったのも、『また会ったね』って言ってたのも頷けるもん。
“俺ってば、疑って追われてる方が燃えるんだよね”
「……桐生君が疑っていたのは、シズルさん……?」
「「………………」」
何故か、物凄く驚いた目で二人ともこっち見てくるんですけど。
書いてあるよ。なんで、お前の脳味噌でわかったんだって。書いてあるよ、顔に。
「わ、私だってやる時はやる」
「シズルさん何か言いました」
「言っちゃったかも」
たまには、素直に褒めてくれてもいいと思うの。



