ふっと笑うシズルさんにつられ私も笑顔を返すと、「じゃあ言い足りなかった分はまた今度直接教えてあげなね」と、何故か私の背後を指差す。
思わずその指の先を追いかけて振り返った。
「……先輩」
「……き」
「………………」
「……こ、こんばんは桐生君。素敵な月夜……だね」
怒ってる。これ絶対怒ってる。電気暗めだからハッキリ顔は見えないけど絶対に怒ってるってばこれ!
「……桐生君? お、怒ってる……よね」
「怒ってないように見えるんですか」
「イイエ」
「……はあ」
大きな大きなため息を落とした彼は、一度じっと私の方を見つめ、そしてシズルさんの方へも視線を動かし。
「……マスター? すみません、シフト調整お願いしたいんですけど」
そう言って、私の隣を静かに横切っていった。
「よかったね、聞きに行く手間が省けて」
「……何を、聞きに行くんでしたっけ」
「恩人のこと。それと、まだ気になるなら元婚約者のこと」
「……」
今この一瞬で、そのことすっかり吹き飛んでいってた。
「ていうか桐生君、いつから私の背後に……」
「ベル聞こえなかった?」
「え?」
「あの時からいたよ。渋~い顔して」
え。だったらそれってすごい不味くない?
不味いよね! だって、今話してた内容……!!
「っ、か、帰ります! ええ。もうそれは一目散で!」
「まあまあ待ちなよアヤメちゃん」
「止めないでください! もう私には切腹の道しか残ってない」
「腹掻っ捌いた後の処理誰がするんですか。非常に迷惑です」
「ひっ……!」
「もうちょっと周りに気を遣ってくださいね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいですから。……帰りますよ、送ります」
いいえ、謝らせてください。誠心誠意を持って、謝らせてください。そしてどうか、どうか今夜のことはご内密に、……?
「……桐生君?」
何故か彼の視線は、鼻歌を歌いながらグラスを拭いているシズルさんの方へと向けられていた。……シズルさんが、どうかしたんだろうか。
「あ、そうだ。アヤメちゃん」
「え? あ、はい」
「好きだからって、ストーカー紛いはダメだよ」
「ええ!?」
「行きますよ先輩」
「わっ! ちょ」
けれど、お互いの視線が絡むことはなく。彼は、無駄に爆弾を落とされた私のことなどお構いなしに、腕を引っ張って強制的に退店させた。



