すべての花へそして君へ③


「はい。“ヨコハマ”です」

「え?」

「このカクテルの名前だよ」

「……あ。そうなんですね」


 ふと、どこかで嗅いだことのある香りがした。


「何ちゃん?」

「……はい?」

「ものすごい今更なんだけど、名前」

「あ、彩芽です」

「アヤメちゃんは、桐生君の何が好きなの?」

「……え」


 それは、……流石に桐生君に対して棘があるというか。


「ああごめん! ……今のはちょっと訊き方が悪かったね。別に悪気があったとかじゃないんだ」

「は、はあ……」

「でもアヤメちゃんも、さっき言ってたってことは知ってるんでしょう? 桐生君が、実はなかなかイイ性格してるってこと」

「……それは……」


 改めてそう聞かれてしまうと、私も何であんな奴好きなんだろうって、ちょっとばかし悩んでしまうけど……。
 その時、お店のベルがカランコロンと鳴った。目の前にいるシズルさんは、私の後ろの方へ一度視線をやっただけで、話の続きを待っている。奥からマスターも出てこないし、どうやらお客さんじゃなかったらしい。

 私は、シズルさんが作ってくれたカクテルに少し口をつけ、そして自分でも確かめるように、ゆっくりと言葉にする。


「……すごい人なんです」

「……随分と漠然としてるね」

「そうなんですけど、……でもそうなんです」

「……ふーん」


 確かに、魔王的性格に関して言えば物申したいところが多々あるけれど。


「勉強熱心で、探究心も向上心もすごく高くて」


 講義に使わない教科書だって読み漁ってる。幾度と足を運んだ王子のお城で、そんな本がずらりと並んだ本棚を、いつも見てきた。
 それに、法学の勉強だけじゃない。写真部でだって。部室に保管してある著名な写真家のブックレットや、過去のコンテストに出展した生徒たちの作品資料なんかも、暇さえあれば目を通してる。本当、どこにそんな時間があるのかって思うけど。


「それから、人の機微に敏感で」


 一朝一夕のものじゃない。長い時間の中で培われたそれ。あまりにも荒がなさ過ぎるのは、きっとそんな環境で育ったから。周りにも、同じような人たちがいたから。心理学で少し習っただけの私じゃ、足下にも及ばない。


「……だからね、いつも悔しいんです」

「悔しいって?」

「負けちゃうから。先を越されちゃうから」

「……」


 お礼を、お礼で返される。次また違うお礼をしても、それ以上の嬉しいお礼が返ってくる。それなのに、向こうは「何が?」って素知らぬ顔。
 そういう、普通の人にはできないようなことを、平気な顔して無自覚でやってのけてしまうから。


「だから、すごいんです」

「だから好きなの?」

「一部はそんな感じで」

「でも、初めは憧れみたいなものだったんでしょう? きっかけはなかったの? 気付けば……って感じ?」

「きっかけはあります。……けど、それでも最近まではあんまり自覚がなくて」

「……」

「少し時間をもらって、それでやっと気付いたんです」

「すごいとこを知って、きっかけがあって、考える時間をもらって、それで好きってわかったんだ」

「……全然言い足りてはいませんが、概ねそうですね」

「ふーん、そっか」

「……変ですか」

「ううん全然。いいんじゃないかな」