「はい。“ヨコハマ”です」
「え?」
「このカクテルの名前だよ」
「……あ。そうなんですね」
ふと、どこかで嗅いだことのある香りがした。
「何ちゃん?」
「……はい?」
「ものすごい今更なんだけど、名前」
「あ、彩芽です」
「アヤメちゃんは、桐生君の何が好きなの?」
「……え」
それは、……流石に桐生君に対して棘があるというか。
「ああごめん! ……今のはちょっと訊き方が悪かったね。別に悪気があったとかじゃないんだ」
「は、はあ……」
「でもアヤメちゃんも、さっき言ってたってことは知ってるんでしょう? 桐生君が、実はなかなかイイ性格してるってこと」
「……それは……」
改めてそう聞かれてしまうと、私も何であんな奴好きなんだろうって、ちょっとばかし悩んでしまうけど……。
その時、お店のベルがカランコロンと鳴った。目の前にいるシズルさんは、私の後ろの方へ一度視線をやっただけで、話の続きを待っている。奥からマスターも出てこないし、どうやらお客さんじゃなかったらしい。
私は、シズルさんが作ってくれたカクテルに少し口をつけ、そして自分でも確かめるように、ゆっくりと言葉にする。
「……すごい人なんです」
「……随分と漠然としてるね」
「そうなんですけど、……でもそうなんです」
「……ふーん」
確かに、魔王的性格に関して言えば物申したいところが多々あるけれど。
「勉強熱心で、探究心も向上心もすごく高くて」
講義に使わない教科書だって読み漁ってる。幾度と足を運んだ王子のお城で、そんな本がずらりと並んだ本棚を、いつも見てきた。
それに、法学の勉強だけじゃない。写真部でだって。部室に保管してある著名な写真家のブックレットや、過去のコンテストに出展した生徒たちの作品資料なんかも、暇さえあれば目を通してる。本当、どこにそんな時間があるのかって思うけど。
「それから、人の機微に敏感で」
一朝一夕のものじゃない。長い時間の中で培われたそれ。あまりにも荒がなさ過ぎるのは、きっとそんな環境で育ったから。周りにも、同じような人たちがいたから。心理学で少し習っただけの私じゃ、足下にも及ばない。
「……だからね、いつも悔しいんです」
「悔しいって?」
「負けちゃうから。先を越されちゃうから」
「……」
お礼を、お礼で返される。次また違うお礼をしても、それ以上の嬉しいお礼が返ってくる。それなのに、向こうは「何が?」って素知らぬ顔。
そういう、普通の人にはできないようなことを、平気な顔して無自覚でやってのけてしまうから。
「だから、すごいんです」
「だから好きなの?」
「一部はそんな感じで」
「でも、初めは憧れみたいなものだったんでしょう? きっかけはなかったの? 気付けば……って感じ?」
「きっかけはあります。……けど、それでも最近まではあんまり自覚がなくて」
「……」
「少し時間をもらって、それでやっと気付いたんです」
「すごいとこを知って、きっかけがあって、考える時間をもらって、それで好きってわかったんだ」
「……全然言い足りてはいませんが、概ねそうですね」
「ふーん、そっか」
「……変ですか」
「ううん全然。いいんじゃないかな」



