グラスを置いたマスターは、少し目を伏せながら、けど優しい声色で話を続けた。
「トーマにとっては特別な子なんだろう。大切な。けれど少し特殊な気がするね」
「……特殊?」
「ただの好意とは違う。そんな感じかな」
「……」
「けれど、お嬢さんことも大切にしていると思うよ」
「え? ……そ、そうですか?」
「少なくとも私の知っているトーマは、人に弱みを見せたりはしないからね」
「……」
「ご武運を」
「ははっ。……はい!」
マスターと少し話ができたおかげか。
「ねえ。傘二本持って帰るってどういう心境」
「二本あったら土砂降りの雨でも濡れないか、実地で実験してみようと思って!」
「チャレンジ精神多めなのはいいことだけど、二本はやめて。今朝雨降ってたら俺傘なかったんだからね」
「ご、ごめん……」
助手席に彼女を乗せていたのを見た後でも、割と平気でこうして桐生君と話ができていた。
お茶を注いであげると、湯呑みに口をつけた彼の唇が少しとんがる。
「ていうかちょっと聞いてくれる? 今日さ、お弁当にお総菜の煮豆入れたわけ。けどちょっとにおってきてさ。あれって絶対納豆使ったんだと思うんだよねー俺」
「あ、あはは。けど、美味しかったでしょ? 美味しくできたもん」
「……それで? 話って何」
「いつもそうやって料理のことはスルーするよね……」
ほうじ茶アイスも、お礼言っても「何のこと」ってマジなトーンで言われたし。冗談でも、マジなトーンで言い返されると結構グサグサ心に来るんだからね? 鋼メンタルだからいいけどさ。
「……ちょっとね、相談したいことがあって」
「あ、俺もちょっとあるんだよ。なんか今朝、マスターから謎のメールが来てさ。【来月給料から壱万円分引く】って」
「え……」
「なんで? って聞いたら【交通費】って。俺徒歩だから全然交通費かかんないのになんで? ってもう一回聞いたわけ。そしたらなんて答えたと思う?」
「え? ……な、なんだろう……」
「【駐車場代】だってさ。この間一回だけ車置かせてもらったこと、何故か無性に怒ってるらしい。まあ、無断で置いたから俺も悪いけどさ……」
なんかごめん桐生君。それ全部私のせいだわ。今はまだ、ちょっと言えないけど。
「……だから、来月あんまり部活顔出せそうにないです。すみません」
「あ、謝んないで? それはもう、仕方のないことだから。そっちを優先してね」



