すべての花へそして君へ③


「けどごめんね。入れ違いみたいだ」

「え?」


 そうしてマスターが指差した方へ視線を追いかけていく。


「……なんだ。一回、家に帰ってたんだ……」


 傘は見たけど、流石に車の鍵は見なかったや。てか、免許持ってたんだね。


「連絡したら、まだ間に合うんじゃないかな」

「……いえ。いいんです」


 さっきまで、彼のことわかった風に言ってたけど、実際はわからないことだらけだ。


「……私が、好きで勝手に追いかけてきてしまったので。だから、これはいいんです」


 口に出して無性に自覚した。自分が、どれだけ桐生君のことが好きなのか。
 けど、今はとっても情けない顔をしてると思うから。前髪を触る振りをして、そっと顔を隠した。


「お嬢さん」

「お、お嬢さんなんて初めて呼ばれました……!」

「そうかい? じゃあもう一回呼んでみようか。お嬢さん?」

「はいっ!」

「お夕飯は、お済みかな」

「え? あ、まだですけど……」

「じゃあよかったら食べていってくれないかな。今日は閑古鳥がよく鳴いていたから、一人では食べ切れそうになくてね」

「……あ。……はい。お付き合いさせてください」


 うん。桐生君そうだね。こんな素敵なマスターにお願いされちゃったら、断れないね。


 ――――――…………
 ――――……


 フレンチフルコース。デザートに果実酒付き。物凄くお高そうで、物凄く美味しかったんだけど、こんなに御馳走になってしまって、よかったんだろうか。


「食後にコーヒーは如何かな?」

「あ、……い、いえ、その……」

「……ふむ」

「……ど、どうぞ、お構いなく……」


 というか私、居心地よすぎて長居しすぎじゃ……。


「大丈夫。帰りはタクシーで送らせるよ」

「え!? い、いえ、そこまでしていただくわけには」

「いいから。ここは、よいぼれジジイの言うことを聞いておきなさい。タクシー代は、トーマの給料からこそっと抜いとくから」

「……それ、不味い気がするんですけど私……」


 マスターは楽しそうに微笑んだ。笑い皺が、とても素敵だった。


「……お嬢さんは、お酒はお好きかな?」

「え? えっと、……嗜む程度は?」

「じゃあお酒にしよう。実はここは、夜はバーになるんだ」

「え!? でも、お店閉めて……」

「今日は一人だから、また今度かな」

「……じゃあ、その時にまた来ようかな」


“くれぐれも、バイト先には来ないように”


 彼にはそう言われているけれど、でも、こんな素敵な場所、来ないのはすごくもったいない。マスターにはちょっとバレちゃったし。桐生君はまだ未成年だから、バーの時間にまたこっそり来よう。


「……強めの、いただけますか」

「承知しました」

「マスターは、さっき桐生君といた彼女のこと、ご存じなんですか?」

「初めましてのお客さんだね」