「けどごめんね。入れ違いみたいだ」
「え?」
そうしてマスターが指差した方へ視線を追いかけていく。
「……なんだ。一回、家に帰ってたんだ……」
傘は見たけど、流石に車の鍵は見なかったや。てか、免許持ってたんだね。
「連絡したら、まだ間に合うんじゃないかな」
「……いえ。いいんです」
さっきまで、彼のことわかった風に言ってたけど、実際はわからないことだらけだ。
「……私が、好きで勝手に追いかけてきてしまったので。だから、これはいいんです」
口に出して無性に自覚した。自分が、どれだけ桐生君のことが好きなのか。
けど、今はとっても情けない顔をしてると思うから。前髪を触る振りをして、そっと顔を隠した。
「お嬢さん」
「お、お嬢さんなんて初めて呼ばれました……!」
「そうかい? じゃあもう一回呼んでみようか。お嬢さん?」
「はいっ!」
「お夕飯は、お済みかな」
「え? あ、まだですけど……」
「じゃあよかったら食べていってくれないかな。今日は閑古鳥がよく鳴いていたから、一人では食べ切れそうになくてね」
「……あ。……はい。お付き合いさせてください」
うん。桐生君そうだね。こんな素敵なマスターにお願いされちゃったら、断れないね。
――――――…………
――――……
フレンチフルコース。デザートに果実酒付き。物凄くお高そうで、物凄く美味しかったんだけど、こんなに御馳走になってしまって、よかったんだろうか。
「食後にコーヒーは如何かな?」
「あ、……い、いえ、その……」
「……ふむ」
「……ど、どうぞ、お構いなく……」
というか私、居心地よすぎて長居しすぎじゃ……。
「大丈夫。帰りはタクシーで送らせるよ」
「え!? い、いえ、そこまでしていただくわけには」
「いいから。ここは、よいぼれジジイの言うことを聞いておきなさい。タクシー代は、トーマの給料からこそっと抜いとくから」
「……それ、不味い気がするんですけど私……」
マスターは楽しそうに微笑んだ。笑い皺が、とても素敵だった。
「……お嬢さんは、お酒はお好きかな?」
「え? えっと、……嗜む程度は?」
「じゃあお酒にしよう。実はここは、夜はバーになるんだ」
「え!? でも、お店閉めて……」
「今日は一人だから、また今度かな」
「……じゃあ、その時にまた来ようかな」
“くれぐれも、バイト先には来ないように”
彼にはそう言われているけれど、でも、こんな素敵な場所、来ないのはすごくもったいない。マスターにはちょっとバレちゃったし。桐生君はまだ未成年だから、バーの時間にまたこっそり来よう。
「……強めの、いただけますか」
「承知しました」
「マスターは、さっき桐生君といた彼女のこと、ご存じなんですか?」
「初めましてのお客さんだね」



