すべての花へそして君へ③


「あっちゃー。ちょっと間に合わなかったか。あ、まだでもギリギリかも」


 建物と建物の間に身を潜めるようにしていた私の体は、きっと見つけるのは難しかっただろう。夜だし。外は大雨だ。


「……お隣の、喫茶店ですか? まだ閉店時間じゃないみたいですけど……」

「お客じゃないんだ。今日はちょっと、悪戯をしに来ただけ」


 そうして、目深にパーカーのフードを被った青年は、パチンと一つ、指を鳴らした。


「ん。これでよし」


 何をしたんだろう。よく見えないけれど、彼が見ていそうな方へと視線を動かすと、店の中の彼女が、少しだけ表情を曇らせたような気がした。


「はあいパチン。これでお終い」

「……あの」

「俺ってば、疑って追われてる方が燃えるんだよね」

「え?」


 口元に意味深な笑みを残して去っていた彼は、あまりにも潔くて引き留める声をかけることすらできなかった。
 ……彼がこの場に立っていたのは、恐らく1分もなかっただろう。その中で一体何をしたのか。私には全然わからなかったけど。


「……『またね』って?」


 去り際に聞こえた、かすかな声。わずかに残る、何かの花の香り。
 どこかで彼のことを、見たことがあるような気がした。

 いやいやいや、確かにさっきの青年のことが気になったりもするけれど! 今はそれよりも!


「……って、あれ? いない!?」


 しかもお店ちょっと暗くなってるし! 閉店時間まだだけど、お客さんいなかったら閉めるタイプ!?


「す、すみません……! すみませーん!」


 傘傘! さすがにこの雨は、傘がないと大風邪引いちゃうから!
 お店の中に入って、桐生君と出会しても致し方ないと思って大声で叫んでいると、中から出てきたのはマスターだった。


「すみませんねえ。もう今日は終わりにしようと思ってるんですわ」

「あ、いえお客ではなくて……。その、桐生君は」

「……トーマのお知り合いで?」

「は、はい。本当にちょっとした知り合いで。多分傘持ってないんじゃないかと思って……」

「……」

「あ。わ、私は決して怪しいものでは。桐生君と同じ写真部で、たまたま少し話をして、……す、ストーカーではないです断じて!」


 って、言うほど墓穴掘ってないか私……!


「……ふむ。もしや、ポスター作りを手伝ってくれた子かな」

「えっ?」

「その反応は当たりかな」

「い、いえ! あれは桐生君が作ったポスターで」

「その節はトーマが迷惑かけたね。ありがとう。すっかりお気に入りで使わせてもらっているよ」

「……こ、こちらこそありがとうございます、……使っていただいて」


 なんだか、桐生君がマスターに逆らえない理由。少しわかったような気がする。