「あっちゃー。ちょっと間に合わなかったか。あ、まだでもギリギリかも」
建物と建物の間に身を潜めるようにしていた私の体は、きっと見つけるのは難しかっただろう。夜だし。外は大雨だ。
「……お隣の、喫茶店ですか? まだ閉店時間じゃないみたいですけど……」
「お客じゃないんだ。今日はちょっと、悪戯をしに来ただけ」
そうして、目深にパーカーのフードを被った青年は、パチンと一つ、指を鳴らした。
「ん。これでよし」
何をしたんだろう。よく見えないけれど、彼が見ていそうな方へと視線を動かすと、店の中の彼女が、少しだけ表情を曇らせたような気がした。
「はあいパチン。これでお終い」
「……あの」
「俺ってば、疑って追われてる方が燃えるんだよね」
「え?」
口元に意味深な笑みを残して去っていた彼は、あまりにも潔くて引き留める声をかけることすらできなかった。
……彼がこの場に立っていたのは、恐らく1分もなかっただろう。その中で一体何をしたのか。私には全然わからなかったけど。
「……『またね』って?」
去り際に聞こえた、かすかな声。わずかに残る、何かの花の香り。
どこかで彼のことを、見たことがあるような気がした。
いやいやいや、確かにさっきの青年のことが気になったりもするけれど! 今はそれよりも!
「……って、あれ? いない!?」
しかもお店ちょっと暗くなってるし! 閉店時間まだだけど、お客さんいなかったら閉めるタイプ!?
「す、すみません……! すみませーん!」
傘傘! さすがにこの雨は、傘がないと大風邪引いちゃうから!
お店の中に入って、桐生君と出会しても致し方ないと思って大声で叫んでいると、中から出てきたのはマスターだった。
「すみませんねえ。もう今日は終わりにしようと思ってるんですわ」
「あ、いえお客ではなくて……。その、桐生君は」
「……トーマのお知り合いで?」
「は、はい。本当にちょっとした知り合いで。多分傘持ってないんじゃないかと思って……」
「……」
「あ。わ、私は決して怪しいものでは。桐生君と同じ写真部で、たまたま少し話をして、……す、ストーカーではないです断じて!」
って、言うほど墓穴掘ってないか私……!
「……ふむ。もしや、ポスター作りを手伝ってくれた子かな」
「えっ?」
「その反応は当たりかな」
「い、いえ! あれは桐生君が作ったポスターで」
「その節はトーマが迷惑かけたね。ありがとう。すっかりお気に入りで使わせてもらっているよ」
「……こ、こちらこそありがとうございます、……使っていただいて」
なんだか、桐生君がマスターに逆らえない理由。少しわかったような気がする。



