すべての花へそして君へ③


 カメラを手に取ったものの、部室へ戻る扉はなかなか開けられなかった。割と本気で、土下座なり何なりする覚悟だった。けれど扉の向こうにいた王子は、怒っているというよりは悩んでいるといった表情で、何か考え込んでいるようだった。


『……あの、桐生君?』

『……あ。すみません。カメラありがとうございます』

『写真は、もう少しで現像できるから。よかったらもうちょっと待ってて』

『はい。いろいろすみません』


 イエイエ。謝んないでください。謝らないといけないのは、私の方なんですから。ええ本当に。

 じっと黙って待っているのもいろいろ耐えられないので、部室に常備してある有りっ丈のお茶とお茶菓子を引っ張り出した。今度実費で追加しておこう。
 ていうか、なんでうちの部室にはコーヒー紅茶が一つもないの。王子に日本茶とか。なんかちょっと新しいけどさ。湯飲み似合ってるし。


『……それでも、ある中で一番高そうなやつ選んでみたけど、これがくっそ不味かったらどうしよう……! よくあるじゃん。高級でもあんまり美味しくないやつ!』

『……』

『そんなの庶民の口に合うわけが……って! 王子なんだからそれはない』

『先輩』

『……! は、はいっ! なんでしょう……?』

『お茶、美味しいです』

『……!』

『お気遣いありがとうございます』

『と、とんでもない……! でも、そう言ってくれてありがとう! 何なら私、給仕係にでもなっちゃおうかな!』

『それなら、いつでも美味しいお茶が飲めるので嬉しいですね』

『またまたー、桐生君お上手なんだから』

『いやいや、本当ですって』


 話が盛り上がること数十分。時計を見ると、そろそろ現像していた写真ができあがりそうな頃合いだった。


『先輩、現像したってことは、見たんですよね』

『ん?』

『俺が撮った写真』

『……うん。ごめんなさい』

『……気が付かなくて。勝手に見たこと、勝手に現像したこと。……謝っても許してくれないかもしれないけど……』

『え。あ、頭上げてください』


 もう一度頭を下げて謝ると、彼は少し慌てた様子で首を振った。


『カメラを間違って持って行かれたことも、現像されたことも、別に俺怒ってませんよ。悪気があったわけじゃないですし』

『……でも、勝手に見られていい気はしないと思う』

『それは、……そうですけど。でも、勝手に見ても、いい気はしなかったでしょう?』

『……え?』

『“もしかしてストーカー?”』

『……!』

『なんて、思ったりしませんでした?』

『お、思わないよ……!』

『嘘。顔に書いてありますよ』

『ちがっ、これは……』


 好きな子なのかなって。思っただけで。
 ……そんなこと、思ってもみなかった。


『……先輩?』

『……取り敢えず、もうできてると思うから持ってくるね』


 そうしてまた逃げてきた暗室に来て、ふと思った。


『……うわ。本当だ。目線のある写真って、数えるくらいしかない』


 ストーカー……。ちゃんと見てたら、そんな風に思ってしまっていたかもしれない。背中が少し、ひやりとした。