すべての花へそして君へ③


「葵ちゃんに、君の良さを何回も熱弁されたことあるんだけど……」

「いや、熱弁って」

「俺さ、正直君のことあんまり好きじゃなかったんだよね。でも、なんだかんだで君と関わっていくうちに、その捻くれた性格とか詰めの甘さとか、葵ちゃんを異常なまでに思っちゃってるとことか。なんだか妙に可愛く思えて、最近じゃやけに親近感覚えるようにもなったんだよね」

「オレは一生あんたのこと好きじゃないですよ」


 人の話を全然聞かない彼は、「だからね――」と、そう言ってシート越しに振り向き、年相応の無邪気な顔して笑った。


「こんな風に話せるくらいには、君にも十分に、俺は信頼を寄せているんだよ」


 好きな相手じゃないし。寧ろ嫌いだし。別に、だからって尻尾振って喜ぶような、そんな簡単な性格もしていない。


「……どうも」


 なのに、どうしてこうも気恥ずかしい気持ちになるのか。きっと、いつもストレートに気持ちをぶつけてくる奴が、最近ご無沙汰のせいだろう。
 そういうことに、しておいた。

 それから数十分後、無事に家の前に辿り着いた。


「はい、到着ッス~」

「シズルさん」

「なんッスか?」

「よかったら、今あいつにすぐ連絡が取れる連絡先、教えてもらえませんか」

「仕事の邪魔はよくないッスよ。ただでさえその仕事は」

「わかってます。でも一回だけ。どうしても話しておきたいことがあるので」


「うーん」と腕を組んで悩む彼に、もう一度頭を下げて頼み込んだ。
 これで無理なら、やっぱり直接会いに行こう。まだ電車は動いてる時間だ。


「わかったッスよ。その代わり、出ないからってあんまり掛けてこないでくださいね」

「その辺はちゃんと弁えます」


 それならいいッスよと、何故か口調を変えた彼は、スマホからその連絡先を呼び出してくれようとした。
 ――その時、彼のそれが着信を知らせた。


「……げっ」

「どうかしたん――」


 オレがいて出られないんなら一度車から降りますよと、言おうとしたけれど、その最初の文字さえ口から出てこなかった。
 何故なら、その彼のスマホ画面には、〈ツバサくん〉と表示されていたからだ。


「どうしたんですか」

「えっ?」

「出ないんですか」

「あーうーんと、今は君の方が優先だからー……」

「別に用事が済んでからでもオレは構いませんよ」

「……うん」


 いろいろと、思うことはあった。
 どうしてツバサが、彼の連絡先を知ってるのかとか。いつの間に、連絡を取り合う仲になっていたのかとか。……なんでさっき、「げっ」って言ったのか、とかとか。

 留守番電話サービスに接続される直前に切って、再びコールしてくる実の兄貴からは、なんだか執念めいたものが伝わってきた。


「……はあ。ごめん、代わりに出てくれる?」

「あ、はい。わかりました」