「葵ちゃんに、君の良さを何回も熱弁されたことあるんだけど……」
「いや、熱弁って」
「俺さ、正直君のことあんまり好きじゃなかったんだよね。でも、なんだかんだで君と関わっていくうちに、その捻くれた性格とか詰めの甘さとか、葵ちゃんを異常なまでに思っちゃってるとことか。なんだか妙に可愛く思えて、最近じゃやけに親近感覚えるようにもなったんだよね」
「オレは一生あんたのこと好きじゃないですよ」
人の話を全然聞かない彼は、「だからね――」と、そう言ってシート越しに振り向き、年相応の無邪気な顔して笑った。
「こんな風に話せるくらいには、君にも十分に、俺は信頼を寄せているんだよ」
好きな相手じゃないし。寧ろ嫌いだし。別に、だからって尻尾振って喜ぶような、そんな簡単な性格もしていない。
「……どうも」
なのに、どうしてこうも気恥ずかしい気持ちになるのか。きっと、いつもストレートに気持ちをぶつけてくる奴が、最近ご無沙汰のせいだろう。
そういうことに、しておいた。
それから数十分後、無事に家の前に辿り着いた。
「はい、到着ッス~」
「シズルさん」
「なんッスか?」
「よかったら、今あいつにすぐ連絡が取れる連絡先、教えてもらえませんか」
「仕事の邪魔はよくないッスよ。ただでさえその仕事は」
「わかってます。でも一回だけ。どうしても話しておきたいことがあるので」
「うーん」と腕を組んで悩む彼に、もう一度頭を下げて頼み込んだ。
これで無理なら、やっぱり直接会いに行こう。まだ電車は動いてる時間だ。
「わかったッスよ。その代わり、出ないからってあんまり掛けてこないでくださいね」
「その辺はちゃんと弁えます」
それならいいッスよと、何故か口調を変えた彼は、スマホからその連絡先を呼び出してくれようとした。
――その時、彼のそれが着信を知らせた。
「……げっ」
「どうかしたん――」
オレがいて出られないんなら一度車から降りますよと、言おうとしたけれど、その最初の文字さえ口から出てこなかった。
何故なら、その彼のスマホ画面には、〈ツバサくん〉と表示されていたからだ。
「どうしたんですか」
「えっ?」
「出ないんですか」
「あーうーんと、今は君の方が優先だからー……」
「別に用事が済んでからでもオレは構いませんよ」
「……うん」
いろいろと、思うことはあった。
どうしてツバサが、彼の連絡先を知ってるのかとか。いつの間に、連絡を取り合う仲になっていたのかとか。……なんでさっき、「げっ」って言ったのか、とかとか。
留守番電話サービスに接続される直前に切って、再びコールしてくる実の兄貴からは、なんだか執念めいたものが伝わってきた。
「……はあ。ごめん、代わりに出てくれる?」
「あ、はい。わかりました」



