すべての花へそして君へ③


『って! あ!! き、桐生君ごめん……!』

『あ。……いえ、大丈夫ですよ』


 恐らくぶつかった拍子に落としてしまったのだろう。カメラからネガが飛び出してしまっていた。
 慌てて拾って渡すと、何故か彼は可笑しそうに笑った。え、王子が笑ったんですけど。何これ夢?


『俺の心配ばっかり』

『え?』

『確か先輩も一緒のカメラでしたよね。……これ、結構頑丈なんですよ。随分前に買ったんですけど……』

『……』

『……ん。大丈夫そうです。先輩の方は大丈夫ですか?』

『……』


 まさか、彼がそんな風に見てくれていたとは。(※カメラを)


『……先輩?』

『はっ! だ、大丈夫です! いろいろごめんなさ~い!』

『え? あの、ちょっと』


 私のことをちゃんと知っていてくれて嬉しかったのと、いきなり学園のアイドルと話してしまったパニックが合わさって、思わず逃げ出してしまった。


『――はっ! しまった! 私はバカかっ! バカだけど!』


 せっかく王子の方から話しかけてくれたのにっ。


『……帰ろう』


 こんなチャンス、もう二度とないだろうに。


『……あれ? おかしい……』


 最初で最後のチャンスを逃してしまったショックに、がっくりと肩を落としていた翌日。いやあ今考えても、まさか本当に偶然や事故が起こるとは。いや、これまさに奇跡と言うべきか?
 昨日の現像がまだだった私は居ても立っても居られず、朝イチで部室へ足を運んでいた。そして、暗室で一人、首を傾げていた。何故ならそこに映っていたのは、撮った覚えのないものばかり。

 映っているのは、女の子らしき人物。私の被写体は人(※主に王子)だから、女の子がこんなにも映ることはないと思うんだけど……。何かの拍子に撮ってしまったのか。その写真をじっと詳しく見ていると、ある共通点が見付かる。


『……おんなじ子?』


 わけがわからないまま、できた写真を暗室の机に広げ、記憶を辿っていること数時間。ガラガラと、部室の扉が開く音が、かすかに聞こえたような気がした。考えた末、ある予想に行き着いた私は、暗室を出て部室の扉につながる扉を開けた。


『……あ、やっぱり。王子……じゃなかった。桐生君』

『田雁先輩。……よかった。いてくれた』


 あ。自己紹介が遅れましたが、私“田雁彩芽(たがん あやめ)”と申します。こう見えて心理学専攻です。以後お見知り置きを。
 というか今、いてくれてって言った?! 王子私のこと探してくれたの!? 私に会いたかっ――


『あの、カメラ間違えてませんか』

『……ま、そうですよねー』

『え? ……先輩?』

『ああ、ごめんごめん。カメラだよね? ちょっと待ってて』


 現実そんなに甘くないよねと、暗室の方の扉を開けようとすると、『え。……もしかして』と小さく漏れた不安げな声が、背中越しに聞こえた。……そうだよね。まず先にすることがあるじゃん。


『桐生君、実は……』

『現像、……したんですか』

『……うん。現像してから、気が付いて。その、……ごめんなさい』

『……』


 押し黙ってしまった彼に申し訳なさを感じつつ、カメラだけでもと思い、暗室に置いてきていたそれを、彼から逃げるように取りに向かう。


『……喜んでたのは、私だけじゃん』


 勝手に間違えられて、勝手に現像された王子にとっては、いい迷惑でしかない。