短く言葉を切った彼は、少し声のトーンを下げた。
「逆に俺みたいな人間は、中途半端に自分を知られることを嫌うけど、自分の全てを理解してくれる人間はこの上なく好むんだ」
【上司と部下】
自分のことを話すのが嫌いな彼が、その質問を答えようとしてくれていたのだとわかった。
「仕事の全容を見抜かれた瞬間、俺は彼女に改めて自己紹介したよ。それでも、驚く顔や嫌な顔一つせず、最後まで彼女は聞いてくれた」
居場所を見つけた――そう思った俺は、彼女の前で膝を折ったと、彼は小さく苦笑した。
そうだろう。彼にとっての居場所とは恐らく、全てを投げ打ってでも守るに値する、信頼の置ける場所。ということだろうから。
それを、彼女がすんなりと受け入れるはずはない。
「俺が何かを言う前にしゃがんだ彼女は、俺と同じ目線になって頬を膨らませて怒っていたよ」
『あなたにはもう、大事なものがあるでしょう』と。
『それに、わたしの隣はあげられないんです』って。
「だから、彼女は代わりに、今の居場所を俺にくれた。そんな彼女の仕事を俺も喜んで請け負ってる。決してラクなわけではないけれど、これが俺の生き甲斐だから」
それが、上司と部下という関係。
あいつに忠誠を誓った、彼の本音だった。
「とか綺麗に言ってるけど、実はボスと葵ちゃん、熱海へ行く前に二人で先に話してたんだって。勿論俺って存在は葵ちゃんもまだ知らなかったけど、誰かが何かしらしてくるだろうことは予想してたみたい」
「……」
「しかも、俺が本当の自己紹介をしたら葵ちゃん直属の部下にしてもいいとか、二人してそんな賭け事してたらしいよー。勿論だからって嫌なわけじゃないけどー」
「それから、多分逆に考えてたと思うんだけど、実は俺の方が部下で、それから……」と彼が続ける話には、もういろいろ納得せざるを得なかった。
「シズルさん」
「ん? どうしたの、そんな怖い顔して」
「教えてください」
あいつは今、一体何をしているのか。
あなたは、あいつの何の仕事を請け負っているのか。
何のために、仕事をしているのか。
「……君がそれ訊いちゃうんだ」
「どうしても、確証が欲しい気持ちがあったので」
でも、それだけ訊けたらいい。十分すぎる答えだ。
「あいつは、よく無茶をします」
「うん」
「なので……その、オレが言えた義理ではないんですけど」
「そんなことないよ」
――あいつのこと、よろしくお願いします。
胸が詰まって、頭を下げることしかできなかった。



