「だから、俺が葵ちゃんの監視役に抜擢されたんだよ」
俯いていた顔を上げると、ミラー越しに彼は相好を崩した。
「こう見えても俺、仕事は結構テキパキできるし愛想もいいし、ロボット並みに感情的になることってないのね。あ、奥さんと子どもたちは別として」
反応に困っているオレに、彼は今一度笑った。
「俺の仕事は、彼女がどういう人物かを見定めること。報告書だけでは判断できないことも多いからね」
そして、彼は順に指を立てていく。
「第一段階は、遠くから人間関係の調査。第二段階は、接触して彼女の内面調査。そして第三段階は、彼女の能力数値を測定すること」
「……能力?」
「そう。それら三つを総合的に判断した上で、彼女が絶対的な悪と見なされた時、俺は警察組織のため、この国の未来のため、彼女の命を奪うことを許可された唯一の人間なんだ」
「……」
まるでサスペンスドラマ。現実味のないそれらだけれど、オレに話しているということは、勿論あいつもわかっているということで……。
「君が知っていた彼女の未来は、独房か警察の犬になること、この二つだと思う。俺やこの仕事をしていることを知っている者たちは、もう一つの悲しい未来が来ないことを、心から祈っていたよ」
それとずっと前から向き合っていた彼女は、オレの知らないところで、どんな思いを胸に抱いていたのだろうか。
その時、何故か運転席の奴が盛大に噴き出した。
「ご、ごめんごめん。あまりにも深刻そうな顔してたからさ」
今の話を聞かされて、笑っていられる奴がいたらそりゃ相当の馬鹿か変態くらいだ。
「いやあ。俺も、そんな顔してくれたら用意してた沢山の慰めの言葉が言えたのにねー」
「……」
いたわ。オレの身近に、馬鹿で変態な奴が。
絶句しているオレに、ふっと彼は優しく表情を崩す。
「俺みたいな立場の人間はね、自分の話をすることを酷く嫌っているんだ」
「……そんな風には全然見えませんけど」
「だからあの時も、殺す許可はあったけれど、“監視”という名目で近付いたんだって話をした。それも嘘ではないからね」
「……まあ、あいつのことだし、それだけで納得するとは思いませんけど」
「そうそう。さっきの君みたいにね。でも、彼女がぶつけてきたのは疑問ではなくて確定だった」
「どういうことですか?」
「さっき俺が君に話したのは、すべてわかっていた葵ちゃんが問い詰めてきたそのまま」
「……正確に言うと、問うてはないけど?」
「そうそう」と頷く彼は、その時のことを思い出しているのか、なんだかとても楽しそうだった。
「指示されただけだし、別にそんな丁寧に自分の中で組み立てて仕事してたわけじゃない。けど、そう言われて自分で納得しちゃってね。それが可笑しくて可笑しくて」
「まああいつは、本人さえ気付いてないところまで見えてしまうことがありますから」
「そうなんだよね。それで話を戻すんだけど」



