すべての花へそして君へ③


「近からず遠からず。彼女の推測は、まあ概ね当たっていたよ」


 強く降り始めた雨のせいなのか。ワイパーを速めた彼の声は、ほんの少しだけ、寂しそうに聞こえた気がした。


「俺の仕事は監視。事と次第によっては殺す許可も下りてる」

「それだけではないと思います」

「……というと?」

「本当に監視だけなら、理由が思い付きません」


 こうしてオレに話している時点でもそうだし。京都で接触してきたときも、わざわざオレに“あいつを守れない”とか言ってきた時も、オレに見せつけるように、あおいに向かってお茶のパックを投げた時も。
 どうして彼が、そんなことをしようとするのか、それだけなら答えになっていない。

 それに、“上司と部下”とか言っていたあれは、絶対今の答えに繋がらない。
 そもそも、監視や暗殺許可が下りていたのなら、オレらの前に姿を現すことも、自己紹介をすることもなくてよかったはずだし。やけにちょっかいを出してくることもなかったはずだ。


「じゃあ逆に訊きますけど、監視する理由は何ですか。その監視対象と上司と部下ってどういうことですか。そもそも、どうしてあいつを殺す許可が出てるんですか、殺されなきゃいけないんですか」


 わざわざオレを、この車に乗せた理由は――何ですか。


「従順で賢い子の方が、俺は嫌いじゃなかったはずなんだけどな」


 バックミラーに映ったのは、素直に喜べないような、戸惑った表情だった。


「……監視の理由は、あの子が味方であって欲しいから」

「それは、あなたの複雑な立場が関係しているんですか」

「ううん。これは素直に受け取ってくれていい。彼女が――」


 朝日向葵という一人の少女が、警察の味方であるか。そして、この日本の味方であるか。
 彼は、それが理由であいつの監視をしているのだと言う。


「……すみません。これをどう、素直に受け取れと……」


 あいつが、警察の敵になるかもしれない? あいつが、国の敵になるかもしれない?
 ……有り得ない。そんなの、あいつが“反逆者になり得る”と、言われているようなものだ。そんな可能性、一番ゼロに近いって、あいつを知ってる人なら誰だってそう言うはずだ。


「けれど現に彼女がしたことは、警察を出し抜く程の深刻な犯罪だった。それは間違いない」

「……だからって」


 じゃあ何か。あいつはこれから一生疑われて生きていくのか。常に銃口を向けられて生きていくのか。そんな世界で、上を向いて歩いていこうとしているのか。
 ……笑えない冗談だ。