「近からず遠からず。彼女の推測は、まあ概ね当たっていたよ」
強く降り始めた雨のせいなのか。ワイパーを速めた彼の声は、ほんの少しだけ、寂しそうに聞こえた気がした。
「俺の仕事は監視。事と次第によっては殺す許可も下りてる」
「それだけではないと思います」
「……というと?」
「本当に監視だけなら、理由が思い付きません」
こうしてオレに話している時点でもそうだし。京都で接触してきたときも、わざわざオレに“あいつを守れない”とか言ってきた時も、オレに見せつけるように、あおいに向かってお茶のパックを投げた時も。
どうして彼が、そんなことをしようとするのか、それだけなら答えになっていない。
それに、“上司と部下”とか言っていたあれは、絶対今の答えに繋がらない。
そもそも、監視や暗殺許可が下りていたのなら、オレらの前に姿を現すことも、自己紹介をすることもなくてよかったはずだし。やけにちょっかいを出してくることもなかったはずだ。
「じゃあ逆に訊きますけど、監視する理由は何ですか。その監視対象と上司と部下ってどういうことですか。そもそも、どうしてあいつを殺す許可が出てるんですか、殺されなきゃいけないんですか」
わざわざオレを、この車に乗せた理由は――何ですか。
「従順で賢い子の方が、俺は嫌いじゃなかったはずなんだけどな」
バックミラーに映ったのは、素直に喜べないような、戸惑った表情だった。
「……監視の理由は、あの子が味方であって欲しいから」
「それは、あなたの複雑な立場が関係しているんですか」
「ううん。これは素直に受け取ってくれていい。彼女が――」
朝日向葵という一人の少女が、警察の味方であるか。そして、この日本の味方であるか。
彼は、それが理由であいつの監視をしているのだと言う。
「……すみません。これをどう、素直に受け取れと……」
あいつが、警察の敵になるかもしれない? あいつが、国の敵になるかもしれない?
……有り得ない。そんなの、あいつが“反逆者になり得る”と、言われているようなものだ。そんな可能性、一番ゼロに近いって、あいつを知ってる人なら誰だってそう言うはずだ。
「けれど現に彼女がしたことは、警察を出し抜く程の深刻な犯罪だった。それは間違いない」
「……だからって」
じゃあ何か。あいつはこれから一生疑われて生きていくのか。常に銃口を向けられて生きていくのか。そんな世界で、上を向いて歩いていこうとしているのか。
……笑えない冗談だ。



