すべての花へそして君へ③


 その後、彼が一言二言話をすると、彼女は深く頷いてお店から去って行った。


「……さてと。お店にも迷惑かけちゃったし、何か買っていく?」

「……」

「……そっか。うん。謝罪はまた。今は帰ろう」

「……」


 雨の中、彼は私の腕を引く。痛いくらい強く、腕を掴んで。
 怒ってる。怒らせた。誰が。私が。なんで? だって、止められなかった。

 ……怖い。


「桃ちゃん」

「……いやだ」

「桃ちゃん」

「離して」

「桃ちゃん」

「帰りたくない!」


 だって、知られてしまった。
 私が、全然クールでもなくて格好良くもなくて、大人でないこと。私が、昔子どもの頃に誘拐されていたこと。そして、多分。彼への思いも。


「――ねえ! 何をする気だったの!」

「離して!」

「おれが止めに入らなかったらどうなってたか、わかる?!」

「離してっ!」

「桃ちゃん!」

「いやッ!!」

「……っ」


 手の平が、痛い。


「……あっ。わた、し……」


 今、何をしたの。


「……って」


 なんで今、彼は俯いてるの。


「――っ」


 気付いたら、一目散に駆けていた。
 どこに向かっているのか、わからない。ただ、その場から逃げ出したかった。前髪で隠れたその、瞳を見るのが怖かった。


「――桃ちゃん!!!!」


 彼の頬は、確かに赤くなってた。少し、引っ掻いたような痕も残ってた。
 ……誰が、彼にあんなことをしたのっ。


 振り返るのが怖くて、ただ必死に逃げていた。


「……桃香?」


 けれど、前から聞こえた知った声に、思わず顔を上げる。


「……ひな、こ……」

「桃香。一体どうなさいましたの! こんなに濡れて……」


 傘を差した彼女が、驚いた様子で横断歩道を急ぎ渡ってくる。ちょうど、外出していたのか。ひな子の車が、信号の向こう側で止まっているのが見えた。


「……て」

「……もう、きちんと言ってくれなければわかりませんわ」

「……けて」

「……桃香?」


 ――桃ちゃん!!

 土砂降りの中。後ろから鮮明に聞こえた叫び声に、私は迷わず親友の腕を掴んでいた。


「ひなこ、たすけて……」

「……桃香……」

「家に帰りたくないの」

「……」

「今、あの人と一緒にいたら……わたしっ」

「……わかりましたわ」


 もっと酷いことを、してしまうかもしれない。
 その言葉ごと抱き締めるように、彼女は冷たくなった私の体を、抱き留めてくれた。


「……事情は後ほど伺います。まずは車へお乗りに――」


 そして、安心したせいか。今までずっと張り詰めていた私の意識は、そこでぷつりと途切れた。