その後、彼が一言二言話をすると、彼女は深く頷いてお店から去って行った。
「……さてと。お店にも迷惑かけちゃったし、何か買っていく?」
「……」
「……そっか。うん。謝罪はまた。今は帰ろう」
「……」
雨の中、彼は私の腕を引く。痛いくらい強く、腕を掴んで。
怒ってる。怒らせた。誰が。私が。なんで? だって、止められなかった。
……怖い。
「桃ちゃん」
「……いやだ」
「桃ちゃん」
「離して」
「桃ちゃん」
「帰りたくない!」
だって、知られてしまった。
私が、全然クールでもなくて格好良くもなくて、大人でないこと。私が、昔子どもの頃に誘拐されていたこと。そして、多分。彼への思いも。
「――ねえ! 何をする気だったの!」
「離して!」
「おれが止めに入らなかったらどうなってたか、わかる?!」
「離してっ!」
「桃ちゃん!」
「いやッ!!」
「……っ」
手の平が、痛い。
「……あっ。わた、し……」
今、何をしたの。
「……って」
なんで今、彼は俯いてるの。
「――っ」
気付いたら、一目散に駆けていた。
どこに向かっているのか、わからない。ただ、その場から逃げ出したかった。前髪で隠れたその、瞳を見るのが怖かった。
「――桃ちゃん!!!!」
彼の頬は、確かに赤くなってた。少し、引っ掻いたような痕も残ってた。
……誰が、彼にあんなことをしたのっ。
振り返るのが怖くて、ただ必死に逃げていた。
「……桃香?」
けれど、前から聞こえた知った声に、思わず顔を上げる。
「……ひな、こ……」
「桃香。一体どうなさいましたの! こんなに濡れて……」
傘を差した彼女が、驚いた様子で横断歩道を急ぎ渡ってくる。ちょうど、外出していたのか。ひな子の車が、信号の向こう側で止まっているのが見えた。
「……て」
「……もう、きちんと言ってくれなければわかりませんわ」
「……けて」
「……桃香?」
――桃ちゃん!!
土砂降りの中。後ろから鮮明に聞こえた叫び声に、私は迷わず親友の腕を掴んでいた。
「ひなこ、たすけて……」
「……桃香……」
「家に帰りたくないの」
「……」
「今、あの人と一緒にいたら……わたしっ」
「……わかりましたわ」
もっと酷いことを、してしまうかもしれない。
その言葉ごと抱き締めるように、彼女は冷たくなった私の体を、抱き留めてくれた。
「……事情は後ほど伺います。まずは車へお乗りに――」
そして、安心したせいか。今までずっと張り詰めていた私の意識は、そこでぷつりと途切れた。



