「……え?」
「ん?」
「桜李、さん……?」
「……? うん」
「本物……?」
「……おれ以外の誰に見えるのお」
くしゃっと笑った彼の前髪からは、ぽたぽたと雨粒が落ちている。……なんで、傘も差さないでこんなところに。
「こんな時間まで出歩いて。みんな心配してたんだよ」
「え……?」
「連絡もしないで。……保育園から電話がかかってきて、家中大騒ぎだったんだから」
「……連絡、しました」
「え?」
「妹に。あの、初めは遅くなるからって伝えたんですけど、どうにもこの雨で帰れそうになかったので、もう一度連絡を……」
「…………」
「保育園には、父か母にお願いをしてと言伝を頼んでおいたんです。保育園の方にも、もし父と母が忘れていたらいけないので……」
この様子だと、妹は実習生の好物を思い出すことで頭の中がいっぱいだったらしい。すっかりその伝言は頭から抜けていたようだ。そして、保育園からの電話を取ったらしい……恐らく父が、迎えが来てないとだけ聞いてパニックを起こしたようだ。
「……そっか」
「あの、もしかして皆さん捜し回って……」
「いや、取り敢えずおれだけ。……でも、そっかあ」
「その、……心配かけてしまって、すみません」
「ええ、本当に」
「あ、……その」
「無事なら、いいんだ。……無事で、よかった」
「……」
……可愛い。いつもとは違う、気の緩んだ可愛さ。多分、普段あまり見せない顔だと思う。
「あの、桜李さん」
「ん?」
「捜しに来てくれて、ありがとうございました」
「……」
「来てくれてすごく、……嬉しかったです」
「……うん」
だから、現金なもので。そんな彼の、一挙手一投足に、昨夜のもやもやは吹っ飛んでいった。



