「どこか、具合が悪いんですの?」
「え? ……どうしてそんなこと聞くの?」
「あなたという人が、一番上から転がり落ちてきたからですわ」
「……私だって、たまにはそんなこともあるわ」
本日、塾で模試を行った。正確な結果はまだだが、自己採点からして一番はまずなさそうだ。
後日貼り出される順位表の一番上には、“梅乃川 ひな子”と、代わりに友人の名前が書かれていることだろう。
「……何か、ありましたのね」
「……ないよ」
「嘘は通じませんわよ桃香」
「ううん。本当、何にもないんだよ」
だから、……苦しいんだよ。
「……そうですわ桃香」
「ん?」
「よければ本日、家に来ませんこと?」
「……ひな子の家に?」
「ええ。……今のあなたを、放ってはおけませんもの」
「ひな子……」
ぎゅっと、彼女が私の手を握る。けれど、私は彼女の手を握り返さなかった。
「ダメだよひな子。……打ち上げの用意、しないと」
「そんなこと言ってる場合ではないじゃありませんか」
「ひな子が一緒に考えてくれたんだもん。私は、やりたい」
「桃香……」
友人はしばらくの間心配そうな顔で私の手を離さなかったけれど、私の決意が揺るがないことを知ったのか。静かに、そっと離れていった。
「いいですこと、桃香。これだけは約束してくださいまし」
無理は決してしないこと。今回ばかりは、お得意の我慢もなしですわ。
「何かありましたら、一番にあたくしを呼んでくださいな。すぐに駆けつけますから」
「……うん。ありがとうひな子」
――――――…………
――――……
(えっと、明日の分の買い物も済ませておかないといけないから)
後ろ髪を引かれる思いだったであろう友人の迎えが来たのでそれを見送り、帰り道スーパーに立ち寄る。ぽんぽんぽんと、メモに書いておいた食材その他をカゴに入れていくと結構な量に。……持って帰れるかな。
「……あ。そうだ」
最後の最後まで決めかねていたけれど、お礼は実習生みんなの好物にしよう。確か、妹がそんな話を彼らとしていた。後で電話しないと。
「……明日で終わりか……」
明日が終われば、ようやく待ちに待った私の平穏がやってくる。……けれど、やっぱりちょっと、寂しいかもしれない。
父と母が、百合ヶ丘の病院に勤めていたこともあり、過去にも何度か百合ヶ丘大学の実習生の受け入れはしたことがある。いつもここまで寂しい気持ちにならなかったのは、妹たちよりも関わりが少なかったからだろう。
「関わるんじゃ、なかったかな」
西に浮かぶ黒い雲を見上げながら、初めて彼に会った時のことを思い出す。
見た目はちっさくてふわふわして、とっても可愛くて。言動も、それにとっても似合うくらい、何を喋っても、何をしても、そもそもそこに立っているだけで可愛くて。もう兎に角可愛くて……。そんな印象を抱いていたのは、いつまでだったろう。
いつも元気で明るくて。いつもにこにこ笑ってて。でもその横顔から、垣間見える大人の影。意外に、手は大きいんだよな。華奢に見えるけど、背中も、なんか頼り甲斐あるし。
「……いつから大人の男の人だって、……ちゃんと認識したんだっけ」
その呟きは、空から落ちてきた雨粒と一緒に、地面に消えた。



