「知ってる? 人生の、三分の一は睡眠なんだよー」
「……はい?」
折角、今見た目も大人で格好いいと思ったのに。
「無理に寝る必要はないって、言ったのはおれなんだけどねー……」
「……?」
「嫌な思いをするくらいなら、いっそ寝ないでいた方がいいんじゃないかなって思ってるのは本当だよ?」
「……あの……」
「けど、やっぱり桃ちゃんにはしっかり寝てもらいたいなって思うし、受験生だからこそ睡眠は大事だし……」
「……」
そういえば、実習生は夜遅くまでよく勉強をしている。私の部屋から彼らの下宿している部屋の一角が見えるから、電気が点いてるのをよく見かけていた。……一瞬、何故そんなことを今思い出すのか。理解ができなかったけれど。
「ごめんね。桃ちゃん」
「……そんな、こと……」
「違うなって。一時の打開策じゃ、本当の解決になるわけじゃない。もっと違うこと、言ってあげなくちゃいけなかったのに……」
「……」
そういえば私、部屋の電気つけっぱなしだった。
違うのに。あなたに言われた言葉は、ちゃんと私に届いているのに。
(……でも、ここでそう言っても彼のためにはならないのかもしれない……)
彼の言葉を丸呑みにしない人が何人いるだろう。丸呑みにしてしまう人が一人でもいるのなら、それは“彼の立場”としては不適切。
今回に至っては、私も患者のようなもの。何のために、彼は実習に来ているのか。
「……実は、ついさっきまで友人と電話をしていたんです」
「え?」
「つい盛り上がっちゃって、こんな時間まで」
「……」
「明日の予習もしていなくて」
「……だからコーヒー?」
「本当、何やってるんだって話です。呆れてものも言えない」
「……ははっ。そっか~」
きっと、彼にはそれだけで伝わるだろう。十分だろうと、思うけど。
「……だから。昨夜は素敵なお誘いありがとうございました」
「……桃ちゃん……」
素直になれているうちに、伝えておきたい。いつも、あなたは真っ直ぐだから。
「(暗がりだったのがちょっと残念)」
「……?」
どうかしたのかなと思ったら、彼が小さく手招きしていた。近寄ってみると、こちらに体を向けた彼の手が、そっと首元に伸びてくる。
「もしかして風呂上がり? ……桃かな。すごい、いい匂いがするね」
驚く間もなく、彼の指先が髪を梳いていく。
「なんか、色っぽいね。桃ちゃん」
わずかに当たった耳が、首筋が熱い。
「……あ、の……っ」
喉の奥がきゅっと狭まって、上手く声が出せない。
「……何か、悩みがあったら言ってね」
「……っえ?」
「あ。これは責任を感じてるからとか、医者を目指してるからとか、そういうのは全然関係なくって」
「……」
「単純に、桃ちゃんの力になりたいんだ」
「……力、に……」
子どもっぽさが残る、可愛い笑顔。それなのに、今髪に触れている指先は、壊れ物を扱うみたいにとても優しくて……もどかしくて。
「……わ、たしのこと。どう思いますか」
「え?」
「……え?」
「ん??」



