「先程までと何一つ変わらない、優しい笑みと声色だった。それが逆に、俺には恐ろしく思えた。声を発することすら、動くことすらできなかったよ」


 簡単には想像できないほどの恐ろしさだったのだろう。車が赤信号で止まると、彼は思い出してしまったそのときの恐怖を、大きなため息と一緒に落としていた。
 けれど、オレは彼と一緒に落とすことなんてできなかった。


「……なんて、答えたんですか……」


 落ちればいいのに。
 落ちてくれればいいのに……。
 落ちてくれたら、よかったのに。


「すぐ答えを言っちゃうと、多分君は車から飛び降りると思うよ」

「どうせチャイルドロックかかってるんでしょ。それにしーちゃんが起きます」

「……ありがとう。懐いたみたいだから、また遊んであげてね」

「シズルさん抜きならいつでも」


「意地悪なんだから」そうやってバックミラー越しに笑った彼は、「先に葵ちゃんがなんて言ったか教えてあげるね」と、ワイパーを静かに動かし始める。
 暗くなってよく見えなかったが、外は雨がぽつぽつと降り始めたらしい。


(……雨、か……)


 そういえば、あの日もはじめは、こんな風に静かに降ってたっけ。


 ――――――…………
 ――――……


《あっちゃん傘忘れたみたい》


《場所はここだから》と、可愛すぎるあいつの写メに釣られたオレは、距離を置こう宣言早々に彼女たちがいる喫茶店を目指していた。


(オウリ絶対キレてるよね。あいつ怒らすと長いんだよな……)


 ま、何とかなるでしょと歩みを進めていると、もう一通スマホに通知が入る。あいつの写真なら、オレは絶対消さないからな。
 それとも、《消してあげたよ》というキサが折れてくれた連絡だろうか。そう淡い期待を持っていたけれど、届いたのは全く関係のないメールだった。


《話したいことがある
 喫茶店着いたら従業員用の出入口階段下》


 相手はトーマだ。
 どうしてオレが来ることを知っているのかは、怖かったので考えるのはちょっとだけにしておいたけれど、一体何の用事なのか。


「何、ここで働いてるの」

「ああ、ほんと偶然だけどな」


 それさえ疑ってしまうのはしょうがないと思う。


「お前に見せときたいものがある」


 けれど、真面目な顔して彼が渡してきた封筒の中身を確認した途端、思わず息を呑んだ。


「知ってるよな」

「なんで……」

「俺差し置いてばんばん登場してきて腹立つから」

「……え?」

「というのは勿論冗談で。理由は簡単、葵ちゃんのため」

「……どういうこと」