すべての花へそして君へ③

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 僅かに、握る手に力が入る。それにわたしは、気付かない振りをした。


「……ありがとう、ヒナタくん。一個言わせてくれる?」

「うん。何でも言って」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく言うんだけど」


 わたしは、玄関に置いてあった時計を思わず指差した。
 見て! ちゃんと見てヒナタくん! これ、もう完全に遅刻街道まっしぐらだから!


「……ん?」


 時計がどうかしたの? ……って。可愛く首傾げてるどころじゃないから。
 ほら! さっさと立つ! 全力疾走すれば、君の足なら何とかぎりぎりイケるから!


「いつでもいいから、返事聞かせてね」

「おうとも! すぐに聞かせてあげるさね!」


 いってらっしゃい! と。元気よく駆け出していった彼の背中をしばらく見送って。……パタン、と。玄関の扉を閉める。そのままズルズルと、地べたにへたり込んだ。


「ビックリが強すぎて、なんか、もうぐちゃぐちゃだ……」


 いきなりぶっ込まれた爆弾。しばらくの間思考回路が停止してしまうくらいには、十分すぎる衝撃だった。


「あ。……でも、言わなきゃ。伝えなきゃ……」


 その、ようやく動き始めた頭の中に、後からじんわりと染みてくる気遣ってくれていた彼の、あったかいやさしい気持ち。
 まだ震えている足を何とか動かし、ダイニングに置いたままにしていたスマホへ、わたしは手を伸ばす。画面を開くと、いくらか通知が来ていた。メールと電話が2件ずつ。メールは昨夜と今朝。電話は今さっき。


(取り敢えず、電話は同じ人からだし……)


 一旦、メールをくれてた人に連絡を入れてみよう。


〈アカネくん
 お礼のメールありがとう!

 進学の準備は順調かな?
 美味しく出来たので
 帰ってきたら是非食べてね!〉


 メールを送ると、ちょうど見ていたのかメールではなく電話がかかってきた。


『あおいチャンおはよお』

「おはようアカネくん!」


『今大丈夫?』と少し眠たそうな声に、もちろんだよと返しながら小さく笑った。


『作品は昨日のうちに仕上げたから、今朝イチの電車で帰ってるんだ』

「そうだったんだ。乗り換えの電車待ち?」

『そうそう。目の前で行っちゃったからなんともやるせなく……』

「わかるわかる」

『次が来るまでちょっと時間があるから、よければそれまで付き合ってくれると嬉しいな』

「わたしでよければ是非に」