「……え。ヒナタくん今、なんて……」
「時間ないし、こんな玄関先で言うことじゃないんだけどさ」
「……う、うん」
「けど、今言っておきたいから。あおいに伝えておきたいから、言わせて欲しい」
靴を履き終わり振り返ると、そこにいた少し泣き出しそうな顔の彼女。一段高い段差の上にいる、そんな彼女の僅かに震える手をそっと取って、少し見上げる。
ぐっと何かを堪えた様子で、一度だけ、ゆっくりと頷いてくれた。
「合い鍵をつくってる時にさ、父さんに言われたんだ」
『……にしても、合い鍵か』
『何か不味かった?』
『いや。嬉しかったんだ』
『……何が』
『お前にも、あの家を手放すつもりはなかったんだなと』
『にも……って。父さん、もしかして』
「この家を、任せるつもりだったって。オレか、ツバサに」
『……ま、日向になると思っていたけどな』
『あの家で過ごした時間、長かったし。愛着あるよね、普通に』
『そうか』
『なんで笑うの』
『いいや何でもない。……日向』
『ん?』
『あの家を、お前に引き取ってもらいたい』
『そ? じゃあ喜んで』
『好きにしなさい。一人で住むもよし、友達と一緒に住むもよし。誰かに貸すもよし、最悪壊して土地を売ってもよし』
『答えわかってて言ってるでしょ』
『私はな日向。あの家にあまりいい思い出はないんじゃないかと。特にお前はそうではないのかと思っていたんだ』
『父さん……』
『だから、あの家を大事に思ってくれていることが、ただ嬉しいんだ』
『……そっか』
『任せたからな。あと、お互いまだ学生なんだから、節度ある交際をしなさいね』
『やっぱ答えわかってて言ったでしょ』
『人様の大事なお子さんを任せてもらうこと。自分の人生だけではなく、相手の人生も一緒にこれから歩いて行くということ。しっかり肝に銘じなさい』
『……うん』
『大事にしてあげなさい。大切にしてあげなさい』
『ありがとう、父さん』
「あ。もちろん、今すぐにって言ってるわけじゃないからね」
口であんなこと言ってたけど、二十歳までは父名義。つまり、あと約3年の間はまだオレのものではない。
「まあ家は人が住まないとすぐ傷んでいくって言うし、これからもちょくちょくオレはこの家で暮らそうと思ってる。もちろん、あおいも使いたかったらいつでも使っていいから」
一緒に暮らそうって、口では簡単に言えるけど。そのためには実際問題、いろんな準備も必要だし、いろいろ物入りだ。正直現実は甘くない。
「一人前の社会人になろうとしてる手前、親の脛齧ってるようなこと、どうなのかなって思うけど」
オレが社会に出て、一端に給料がもらえるようになるまで。当面のことは任せておけと。そう言ってくれたから。
だから、オレは父さんの条件にすぐ頷いた。
「オレもあおいも、限度はわかってるし。もし何かあったら、父さんだって何か言うだろうし」
甘えられるところは甘えていいと、オレは思う。二十歳になるまで。学生の間は、学業や他のことに専念できるように。



