ジリジリジリ――あまり使われていない黒電話が、久々に自身を盛大に鳴らし存在を主張した。
「マザー! お電話ー!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
洗い物を済ませた彼女は、慌てて電話の場所へと駆けていく。きっと、いつもの間違い電話のおばあさんだろう。そう思いながら、彼女は子どもから受話器を受け取った。
「はい、もしもし?」
いつものおばあさんなら、どこかの市役所と間違えていると気付かずにマシンガンなトークが始まるというのに。それが今日はなかった。向こうから声すら聞こえない。
もしや、どこか具合を悪くされて、慌ててこの電話にかけたとか? でも、それならますます何かを言ってくれなければ何も対応ができない。
「も、もしもし?」
けれど、やはり電話の向こうはうんともすんとも反応がない。でも、電話は繋がっている。ということは、向こうにはこちらの声は聞こえている、ということ。
マザーは一度まわりを見渡し、子どもたちに声をかけた。大事なご用だから、少しお部屋で遊んでいてくれるかと。
人払いが終わり、彼女は改めて電話の向こうに声をかけた。
「……あなた?」
僅かに返ってきたのは動揺か。それとも不安か。
「あなたなんでしょう? どう、したんですか。こんな、まだ明るい時間に電話なんて……」
小さく聞こえた反応に、彼女は耳を澄ます。しばらくして聞こえてきたのは、本当に小さな……小さな弱音だった。
『……俺は、どうすればよかったんだ』
「どうって」
『俺は。……何が、したかった』
「……」
今にも、崩れ落ちそうな声。こんな声を聞いたのはいつ以来だろうか。
目の前にいれば、すぐにでも抱きしめてあげるのに。それができない代わりに、可愛い女の子が置いていった橙色のリボンに、彼女はそっと指を絡めた。
『……もう、大丈夫だと、そう言われた』
「葵ちゃん、言ってませんでした? 今までありがとうございましたって」
『それは……』
「あなたがしてきたことは、決して間違いじゃありません。彼女たちを守ろうとしてきたこと、彼女にもきちんと伝わっていたでしょう?」
『……』
「だから、今まで守ってくれてありがとうと。彼女はそう言ったんですよ」
『……だからと、いって』
「ええ。彼女が絶対に安全か、と言われれば決してそうではないですね」
『なら……っ』
「だから、もう大丈夫だと。葵ちゃんはそう言ったのでしょう?」
『……何が、大丈夫だ』
「それは、直感」
『直感など……!』
「信用ができてしまうから、今あなたの目の前に葵ちゃんはいないのでしょう?」



