――とある施設にて。
「……あれ? あおだ。あおがいる」
「あ、おはよう。起こしちゃった?」
「俺は目が覚めたから起きてきただけだけど。マザーに用事? なら声かけてくるよ」
「んー、マザーにも用事がないことはないんだけど」
寝ているなら起こしたら悪いし。本当は、置き手紙だけ残しておくつもりだったんだけど。
ガサゴソと、手に持っていた紙袋を漁る。取り出したのは、橙色と紺色二つのリボンが結ばれた小さめの箱。
それを差し出すと、はじめは素直に受け取った少年だったけれど、何故かすぐ怪訝な顔をしながら首を傾げてしまった。
「あれ? 今日が何の日か知らない? そういうのはわたし教えてなかったからな」
「いや、知ってるけど」
「ああ知ってるの?」
「こういう風習があるのは日本だけで、普通は男の方から花束とか渡すんだってことも、まあ知ってるけど」
「よくご存じで」
「でも、なんで俺? ひな兄ちゃんから乗り換えるの? それはそれで俺は大歓迎だけど」
「こーら。尊敬してるからってそこまで似なくていいの」
「(本心だけど)」
口を尖らせた少年に小さく笑いながら、そっと手を取る。部屋に戻りながら少し、お話をしよう。
「わたしの通う学校にはね、ちょっと変わったジンクスがあるんだ」
「ジンクス?」
「そう。リボンの色には、意味があるの」
「……じゃあ、これとこれの意味は?」
これはね――橙と紺の色の意味を伝えると、「へえー」っと頷きはするもののあまり興味がない。というか、納得していないというか。あまり嬉しそうな顔はしていなかった。嫌だったのかな。
「(あおにとって俺は、ただの友達、と)」
「そうじゃないわ」
「え。マザー?」
「あ。マザー! すみません、アポも取らずこんな朝早くから」
振り返ったそこにいたのは、半纏とブランケットを手に持っていた彼女。どうやら、わたしが来たことにも、この子が起きていたことにも気が付いていたらしい。
「……でも、そうじゃない、というのは……?」
「葵ちゃん。橙色のリボンは『お友達として好き』って意味だけなの?」
成る程そういうことかと。マザーに小さくお礼を言って、少年の前にそっと屈む。
「意味としては、『お友達として』だよ。だって、このジンクスがあるのはわたしの学校内に限ってだもん」
「……だから? 学外までそれを持ってきたあおは、何が言いたいの」
「わたしがこの橙色に込めるのは『家族』」
「……」
「家族として、あなたが大好きだってこと。ごめんね? 言葉が足りてなくて」
「……ううん。俺こそ、拗ねてごめん」



