すべての花へそして君へ③


 ――とある施設にて。


「……あれ? あおだ。あおがいる」

「あ、おはよう。起こしちゃった?」

「俺は目が覚めたから起きてきただけだけど。マザーに用事? なら声かけてくるよ」

「んー、マザーにも用事がないことはないんだけど」


 寝ているなら起こしたら悪いし。本当は、置き手紙だけ残しておくつもりだったんだけど。
 ガサゴソと、手に持っていた紙袋を漁る。取り出したのは、橙色と紺色二つのリボンが結ばれた小さめの箱。

 それを差し出すと、はじめは素直に受け取った少年だったけれど、何故かすぐ怪訝な顔をしながら首を傾げてしまった。


「あれ? 今日が何の日か知らない? そういうのはわたし教えてなかったからな」

「いや、知ってるけど」

「ああ知ってるの?」

「こういう風習があるのは日本だけで、普通は男の方から花束とか渡すんだってことも、まあ知ってるけど」

「よくご存じで」

「でも、なんで俺? ひな兄ちゃんから乗り換えるの? それはそれで俺は大歓迎だけど」

「こーら。尊敬してるからってそこまで似なくていいの」

「(本心だけど)」


 口を尖らせた少年に小さく笑いながら、そっと手を取る。部屋に戻りながら少し、お話をしよう。


「わたしの通う学校にはね、ちょっと変わったジンクスがあるんだ」

「ジンクス?」

「そう。リボンの色には、意味があるの」

「……じゃあ、これとこれの意味は?」


 これはね――橙と紺の色の意味を伝えると、「へえー」っと頷きはするもののあまり興味がない。というか、納得していないというか。あまり嬉しそうな顔はしていなかった。嫌だったのかな。


「(あおにとって俺は、ただの友達、と)」

「そうじゃないわ」

「え。マザー?」

「あ。マザー! すみません、アポも取らずこんな朝早くから」


 振り返ったそこにいたのは、半纏とブランケットを手に持っていた彼女。どうやら、わたしが来たことにも、この子が起きていたことにも気が付いていたらしい。


「……でも、そうじゃない、というのは……?」

「葵ちゃん。橙色のリボンは『お友達として好き』って意味だけなの?」


 成る程そういうことかと。マザーに小さくお礼を言って、少年の前にそっと屈む。


「意味としては、『お友達として』だよ。だって、このジンクスがあるのはわたしの学校内に限ってだもん」

「……だから? 学外までそれを持ってきたあおは、何が言いたいの」

「わたしがこの橙色に込めるのは『家族』」

「……」

「家族として、あなたが大好きだってこと。ごめんね? 言葉が足りてなくて」

「……ううん。俺こそ、拗ねてごめん」