「大丈夫です、お気遣いありがとうございます」と、彼は自分の足をそっと撫でた。
(歩いているとき以外……か)
特に意識して見ていたわけではないけれど、鞄をじっと見ていたオレに彼は、「あ、これですか?」とそれがよく見えるように膝の上に鞄を置いた。
彼の鞄には、とあるマークが印されていた。それは、障害者に関係するマークだったと記憶している。
「最近ちゃんと付けるようになって……って、あれ? これ見えてなかったですよね?」
「え? あ、はい。俯いていらっしゃるのが気になって……」
すると、彼は一際大きく目を見開いた。
「……優しいんですね」
小さく零した言葉よりも優しい微笑みは、何故か、今すぐにでも消えてなくなってしまいそうなほど、とても儚く見えた。
……そうだ。どこか儚く見えたから、オレは彼が気になって仕方がなかったんだ。
「ちょっと、いろいろ考えていまして」
「先程、最近ちゃんと付けるようにって仰ってましたけど……」
「ああああ、そんなちゃんとした敬語俺話せないんで……」
「ちゃ、ちゃんとした敬語……」
「歳も近そうですし、よかったらもっと砕けて話しませんか? これも何かの縁ですし」
「じゃあ、そっちも敬語は外してもらっても」
「いえいえいえ! 絶対に俺より年上ですし」
「16です。高2」
「……ど、同学年だけど賢そうだし! 断トツのイケメンだし!! それに俺は敬語がデフォだから気にしないで!?」
「……そう? だったらタメ語で話すけど」
「(順応性高ッ! これが平凡とイケメンの差なんだな……)」
「え。あの、おーい」
「あああ、すみません! このマークのことですよね!」と、一人の世界から帰ってきてくれた彼は、慌てて膝の鞄を持ち直した。
「意地というか見栄というか。昔から言われていたんですけど、どうにもこうにも付ける気にはなれなくて」
「……それって、オレが聞いても大丈夫?」
「あ! 寧ろこんな話して大丈夫? 楽しくないよ!? ていうかこの後の予定とか」
「言い方変に聞こえるかもしれないけど、話は聞いてみたい。この後は真っ直ぐ家に帰るだけだし、帰ってすることも特にない」
「そ、っか。……家族とか友人とか知人にはなかなかこういうことって話せなくて。 ありがとうございます。やっぱり優しいですね」
優しさとは程遠い性格の持ち主であるこのオレが、何故かものすごく美化されてしまったけれど。まあ、敢えて否定はしないでおこう。
微笑んだ彼は、また自分の足を撫でた。
「昔から、普通になりたいって、思っていました」



