すべての花へそして君へ③


 チカは、夜空に向かって大きく息を吐いた。白くなったそれは、少し留まってから、冷たい空気に静かに溶けて消える。


「ただ、本当に自分のしたいことが何なのか。純粋に、自分の心の奥底と、向き合って欲しかったんだ」


 吐ききった彼の横顔は、眩しいくらいに真っ直ぐで。徐々に上がっていくその視線はまるで、もう見えなくなったはずの消えた白い空気を、ずっと追いかけているようだった。


「……本当に自分のしたいこと」

「はじめはばばあを抜いて、次にみんなを抜いて、茶道を抜いて」

「見つかったの? したいこと」

「それが全然」

「え」

「だから、お前と一緒なんだよ。小さい頃から、したいことはほぼ決まってたようなもんだ」

「……それは」

「でもだからって、オレがしたいと思っていることを、相手が喜んでくれるとは限らない」


 その言葉に、胸が痛くなった。
 束の間の沈黙後、チカはこちらの様子を窺いながら、静かに沈黙を破る。


「オレは、これからもずっと、ばあちゃんとみんなの、笑ってる顔が見ていたいなって思った。これがオレの最終的に行き着いた答えで、すげえ立派な夢だって、泣きながら褒めてくれたよ」

「……どうせチカも泣いたんでしょ」

「オレ? いや、そん時は笑ってたかな。なんか、それ想像したらすげー楽しくて」

「……そっか」


 オレの知ってる泣き虫のチカは、もういなくなったのかもしれない。でも、それに嬉しさはあっても寂しさは感じなかった。


「よかったね」

「ん? まあな」


 脳裏に焼き付いていた過去のチカは、いつも家族のことで涙を流していた。それが、やっとこうして前を向いて笑っていられるようになったんだ。心の底には、喜び以外あるわけない。


「なあヒナタ」

「ん?」

「だから、お前の気持ちは痛いほどよくわかってるつもりなんだ」

「……うん」

「連絡。取りたくても取れないってのは、結局怖いからなんだろ?」

「あの変ななぞなぞあったでしょ。見せたのはそこだけだったんだけど、あのメール、実は前半の方が意味深なんだよ」


 そこも合わせて、改めてあの時来たメールをきちんと見せてあげると、チカは「これはさすがに怖えわ」と賛同してくれた。


「でもな、ばあちゃんといっぱい話したからわかるんだけど、アオイの気持ちもわかるんだよ」

「うん。オレも、わかってたつもりだったけど、チカの話聞いてちょっと思い知った」

「だからって、お前ばっかりが悪いわけでもねえと思うんだわ。あいつも隠してたわけだし、怒るのは当たり前」

「でも結局、それは全部自分に返ってくるんだよ。返ってこないのは、別れ話と自分の未来についてだけ」