チカは、夜空に向かって大きく息を吐いた。白くなったそれは、少し留まってから、冷たい空気に静かに溶けて消える。
「ただ、本当に自分のしたいことが何なのか。純粋に、自分の心の奥底と、向き合って欲しかったんだ」
吐ききった彼の横顔は、眩しいくらいに真っ直ぐで。徐々に上がっていくその視線はまるで、もう見えなくなったはずの消えた白い空気を、ずっと追いかけているようだった。
「……本当に自分のしたいこと」
「はじめはばばあを抜いて、次にみんなを抜いて、茶道を抜いて」
「見つかったの? したいこと」
「それが全然」
「え」
「だから、お前と一緒なんだよ。小さい頃から、したいことはほぼ決まってたようなもんだ」
「……それは」
「でもだからって、オレがしたいと思っていることを、相手が喜んでくれるとは限らない」
その言葉に、胸が痛くなった。
束の間の沈黙後、チカはこちらの様子を窺いながら、静かに沈黙を破る。
「オレは、これからもずっと、ばあちゃんとみんなの、笑ってる顔が見ていたいなって思った。これがオレの最終的に行き着いた答えで、すげえ立派な夢だって、泣きながら褒めてくれたよ」
「……どうせチカも泣いたんでしょ」
「オレ? いや、そん時は笑ってたかな。なんか、それ想像したらすげー楽しくて」
「……そっか」
オレの知ってる泣き虫のチカは、もういなくなったのかもしれない。でも、それに嬉しさはあっても寂しさは感じなかった。
「よかったね」
「ん? まあな」
脳裏に焼き付いていた過去のチカは、いつも家族のことで涙を流していた。それが、やっとこうして前を向いて笑っていられるようになったんだ。心の底には、喜び以外あるわけない。
「なあヒナタ」
「ん?」
「だから、お前の気持ちは痛いほどよくわかってるつもりなんだ」
「……うん」
「連絡。取りたくても取れないってのは、結局怖いからなんだろ?」
「あの変ななぞなぞあったでしょ。見せたのはそこだけだったんだけど、あのメール、実は前半の方が意味深なんだよ」
そこも合わせて、改めてあの時来たメールをきちんと見せてあげると、チカは「これはさすがに怖えわ」と賛同してくれた。
「でもな、ばあちゃんといっぱい話したからわかるんだけど、アオイの気持ちもわかるんだよ」
「うん。オレも、わかってたつもりだったけど、チカの話聞いてちょっと思い知った」
「だからって、お前ばっかりが悪いわけでもねえと思うんだわ。あいつも隠してたわけだし、怒るのは当たり前」
「でも結局、それは全部自分に返ってくるんだよ。返ってこないのは、別れ話と自分の未来についてだけ」



