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 電話の取り次ぎは、ワンコールで終わった。


「……こんな遅くにどうしたのかって、不満そうな声」


 聞こえてきた声についそう漏らすと、もっと不機嫌な声が受話器から溢れ出そうな雰囲気になる。


「ごめんなさい。ちょっと、声が聞きたくなっただけなんです」

『……』

「あ。勿論、会えるものなら会いたいですけど」

『わかってて訊くのか』

「わかってるから、電話で我慢したんです」

『……』

「きっと、出てくれると思ってました」

『お前なあ……』


『……何か、あったのかと思った』たったその一言に、じわりと胸が温かくなる。


「あの二人を見ていると、思い出すんです、昔のこと。遠回りしていることとか、重ねて見ちゃって」

『来たのか』

「はい。だからつい、手を貸してあげたくなって」

『何を話した』

「まだ何も言ってないじゃないですか」

『何を話した』

「……言わなきゃダメです?」

『いや、言ってくれるな』


 受話器の向こうの彼は、きっと頭を抱えていることだろう。それでも、彼等には必要なことだと思ったのだ。勿論、私たちにとっても。
 呆れの滲んだ声は、いつもよりも優しかった。


『誰のためを思って、わざわざ命令したと』

「その命令のせいで、彼等がどれだけ苦労したとお思いなんでしょうか」

『あのな』

「私は、恋する女の子の味方です」

『……』

「でも……そうですね。そう思うとやっぱり彼女は特別なのかも。似てるからかなあ多分」

『おい』

「私は、待たされる側の気持ちもすごくわかりますから」

『おまっ。自分のことを棚に上げて』

「だからきっと、彼にベラベラ話しちゃったんだろうなー」


 受話器の向こうから、呻き声が聞こえる。心中お察ししたので、話はこの辺で終えることにした。


「それで? いつ私は迎えに来てもらえるんですか?」


 まあ、最後に言いたいことは言わせてもらいますけれど。


『……』

「いつ、会いに来てくれるのかなーと」


 あの子は意識していないかも知れないけれど。もしかしたら、一人で泣いている子をここに連れてくるのは、私のためでもあるのかも知れない。そんな風に考えるの、たまに。


「ボス? お返事は?」

『そうだな。お前が電話も我慢できるようになった頃には』

「そうなったらもう、あなたのことなんか忘れてますよ」

『……』

「その方がいい?」

『勘弁してくれ……』


 まあ、いつもの文句もこのくらいにしておこう。
 この物語は彼等の物語。灰色のあの子がどうか、一日も早く幸せになれますよう。私に今できることは、心から祈るだけだ。