すべての花へそして君へ③


「マザー? ちっちゃい子たち寝かし付けてきましたー」


 あれ、絶対ここにいると思ったのに。
 扉の向こうにはマザーの影も形もなく、部屋に残されていたのは柑橘系の残り香だけ。


「あら。葵ちゃん」


 いつ嗅いでもいい香りだなと思っていると、後ろから声がかかる。どうやら、探し人のようだ。


「子どもたち、寝かし付けてきました。大きい子たちには少しだけお勉強を」

「ちょうどよかった。一緒にお風呂に入らない?」

「へ? え、でもわたし子どものお勉強を見ないと」

「葵ちゃんカラスでしょう? すぐ上がっちゃうんだから、ちょっとくらい私とお話ししても問題ないと思うのよね」


 流石のわたしでも、彼女のペースに巻き込まれてしまってはどうすることもできないのだ。ここは、素直に頷いておくことにした。


「……ねえ葵ちゃん」

「はい、何です?」

「私も人のこと言えないから、一応迷ったんだけれど」

「……? 何かありました?」


 ちゃぷん……と、お風呂のお湯を揺らしながら。彼女は、ため息交じりに言葉を続けた。


「たまには、女の子らしくしないとダメよ?」

「……あの、ヒナタくんと一体何を話したんですか」

「私も、男勝りだから常々反省しないといけないんだけどついね」

「いえ、あの。マザーは十分女性らしい」

「でも女だからって、守られてばかりは性に合わないものね。女だって、守りたいものがあるんだから」

「それに関しては、とっても賛同します」


 そう答えてはみるものの、本当、どんなこと話したんだろうヒナタくんと。
 考えが読まれてしまったのか。隣からクスクスと可愛い笑い声が聞こえる。


「葵ちゃんは、自分の力についてどんなことを思う?」

「え? それは……」

「きっと、初めはその力が嫌だったでしょう」

「……」

「でも、今はそう思わない」

「……はい」

「男勝りに生まれてきたのはきっと、誰よりも守りたい人がいるから。私、そんな気がするの」

「わたしも、そう思います」


 大きく頷くと、彼女は嬉しそうに頬を緩める。そして、ぷにっとわたしのほっぺたを突いた。


「葵ちゃんは葵ちゃんのできることをしていけば大丈夫。もう十分、貴方は力を貸してくれたのだから」

「それでも、何かお手伝いできることがあれば、わたしは誰かの力になりたいと、そう思ってます」

「ふふっ、ありがとう。でもその優しさは、一番日向くんに向けてあげてね?」

「勿論です!」

「それと、日向くんと何を話したのかは内緒です」

「いきなりぶっ込んできましたね」

「日向くんに問い質してもダメです。私が、彼にも内緒と伝えたので」

「ええー……」

「可愛い顔しても教えません」

「ぶう」


 烏の行水。逆上せそうになったわたしは、残念だったけれどここでお風呂から退散させてもらうことにした。
 マザーがそう言うのだ。きっと、これ以上聞いても、何も教えてはくれないだろう。わたしは、がっくりと肩を落としたのだった。


「まあ、強いて言うなら」

「……?」

「“全部話しました”とだけ、言っておきましょう」

「……? ……え」