「マザー? ちっちゃい子たち寝かし付けてきましたー」
あれ、絶対ここにいると思ったのに。
扉の向こうにはマザーの影も形もなく、部屋に残されていたのは柑橘系の残り香だけ。
「あら。葵ちゃん」
いつ嗅いでもいい香りだなと思っていると、後ろから声がかかる。どうやら、探し人のようだ。
「子どもたち、寝かし付けてきました。大きい子たちには少しだけお勉強を」
「ちょうどよかった。一緒にお風呂に入らない?」
「へ? え、でもわたし子どものお勉強を見ないと」
「葵ちゃんカラスでしょう? すぐ上がっちゃうんだから、ちょっとくらい私とお話ししても問題ないと思うのよね」
流石のわたしでも、彼女のペースに巻き込まれてしまってはどうすることもできないのだ。ここは、素直に頷いておくことにした。
「……ねえ葵ちゃん」
「はい、何です?」
「私も人のこと言えないから、一応迷ったんだけれど」
「……? 何かありました?」
ちゃぷん……と、お風呂のお湯を揺らしながら。彼女は、ため息交じりに言葉を続けた。
「たまには、女の子らしくしないとダメよ?」
「……あの、ヒナタくんと一体何を話したんですか」
「私も、男勝りだから常々反省しないといけないんだけどついね」
「いえ、あの。マザーは十分女性らしい」
「でも女だからって、守られてばかりは性に合わないものね。女だって、守りたいものがあるんだから」
「それに関しては、とっても賛同します」
そう答えてはみるものの、本当、どんなこと話したんだろうヒナタくんと。
考えが読まれてしまったのか。隣からクスクスと可愛い笑い声が聞こえる。
「葵ちゃんは、自分の力についてどんなことを思う?」
「え? それは……」
「きっと、初めはその力が嫌だったでしょう」
「……」
「でも、今はそう思わない」
「……はい」
「男勝りに生まれてきたのはきっと、誰よりも守りたい人がいるから。私、そんな気がするの」
「わたしも、そう思います」
大きく頷くと、彼女は嬉しそうに頬を緩める。そして、ぷにっとわたしのほっぺたを突いた。
「葵ちゃんは葵ちゃんのできることをしていけば大丈夫。もう十分、貴方は力を貸してくれたのだから」
「それでも、何かお手伝いできることがあれば、わたしは誰かの力になりたいと、そう思ってます」
「ふふっ、ありがとう。でもその優しさは、一番日向くんに向けてあげてね?」
「勿論です!」
「それと、日向くんと何を話したのかは内緒です」
「いきなりぶっ込んできましたね」
「日向くんに問い質してもダメです。私が、彼にも内緒と伝えたので」
「ええー……」
「可愛い顔しても教えません」
「ぶう」
烏の行水。逆上せそうになったわたしは、残念だったけれどここでお風呂から退散させてもらうことにした。
マザーがそう言うのだ。きっと、これ以上聞いても、何も教えてはくれないだろう。わたしは、がっくりと肩を落としたのだった。
「まあ、強いて言うなら」
「……?」
「“全部話しました”とだけ、言っておきましょう」
「……? ……え」



