すべての花へそして君へ③


 そう言うと、律儀に手で目を隠した彼女が、廊下をスタスタと歩いて行く。曲がり角まで来ると一度こちらを振り向いて、嬉しそうに手を振って去って行った。


「マザーいなくなったよ?」

「……本当は何話してたの?」

「ん? 大好きなあおいを、泣かせてたのはどこのどいつだって」

「え?」


 腕の中からひょっこりと現れた顔は、どういうことかときょとんとしていた。
 マザーにさっき、いろんな話を聞かされたせいか。いつものこのアホ面が、いつにもまして可愛らしく見えた。


「ヒナタくん?」

「でも、直接会ってわかってくれたみたい。オレのこと好きだって。大好きなあおいをよろしくだってさ」

「だから、マザー大好きって?」

「うんそう。何、オレのこと信用してないの。ご飯の支度の間、ずーっと放ったらかしてたくせに」

「だって」

「……だって?」

「だってヒナタくん、年上好きじゃない」

「………………」


 そうだった、こいつ一応年上だったと。
 オレは、この時改めて思ったのだった▼


「な、何さ」

「オレが好きなのはあんただけだよ」

「わ、……わかってるよう」

「あんたが好きなのも、オレだけでしょう?」

「へ? えっと、そう……だけど」

「新婚旅行、どこにしようか」

「へっ!?」

「式はどこにする? ホテルもいいけど、やっぱりちゃんとした式場もいいよね」

「ちょ、……ちょっと、ヒナタくん?」

「やっぱドレス着たい? オレ、正直白無垢もめっちゃ似合うと思うんだけどね」

「い、いったん深呼吸してみようか。ね? ほら、一緒にやろう! せーのっ」

「子どもは女の子がいいな。あ、でも女の子ってお父さんに似るって言うか……うん。男の子も欲しい、あんた似の」

「ぶはっ!? 物凄い暴走してるよ!? どうしたんだヒナタくん、どおどお……」

「全部本気だって言ったら引く?」


「ひっ、引かない! 引くわけないよ! 嬉しいことばっかなのに引くもんか!」なんて、一生懸命になって言ってくれる。そんな彼女が、どうしようもなく愛しくて。


「ねえ」

「ん?」


 あおいは……もしかしたら詳しいことは聞かされていないかも知れない。
 でもあおいのことだ。もし聞かされていなかったとしても、何かには気が付いている気がする。というか気付かないわけがない。


「……いつか」

「ひなたくん?」


 そして気が付いたなら、彼女はそれをとことん問い詰める質だ。たとえ危険がないとしても……それは、とても果てないこと。それはきっと、彼女だとしても。


「いつか、二人で見よう。そんな未来を」

「……ひなたくん」


 それでもいつか。区切りが少しでも打てた、その時に。