そう言うと、律儀に手で目を隠した彼女が、廊下をスタスタと歩いて行く。曲がり角まで来ると一度こちらを振り向いて、嬉しそうに手を振って去って行った。
「マザーいなくなったよ?」
「……本当は何話してたの?」
「ん? 大好きなあおいを、泣かせてたのはどこのどいつだって」
「え?」
腕の中からひょっこりと現れた顔は、どういうことかときょとんとしていた。
マザーにさっき、いろんな話を聞かされたせいか。いつものこのアホ面が、いつにもまして可愛らしく見えた。
「ヒナタくん?」
「でも、直接会ってわかってくれたみたい。オレのこと好きだって。大好きなあおいをよろしくだってさ」
「だから、マザー大好きって?」
「うんそう。何、オレのこと信用してないの。ご飯の支度の間、ずーっと放ったらかしてたくせに」
「だって」
「……だって?」
「だってヒナタくん、年上好きじゃない」
「………………」
そうだった、こいつ一応年上だったと。
オレは、この時改めて思ったのだった▼
「な、何さ」
「オレが好きなのはあんただけだよ」
「わ、……わかってるよう」
「あんたが好きなのも、オレだけでしょう?」
「へ? えっと、そう……だけど」
「新婚旅行、どこにしようか」
「へっ!?」
「式はどこにする? ホテルもいいけど、やっぱりちゃんとした式場もいいよね」
「ちょ、……ちょっと、ヒナタくん?」
「やっぱドレス着たい? オレ、正直白無垢もめっちゃ似合うと思うんだけどね」
「い、いったん深呼吸してみようか。ね? ほら、一緒にやろう! せーのっ」
「子どもは女の子がいいな。あ、でも女の子ってお父さんに似るって言うか……うん。男の子も欲しい、あんた似の」
「ぶはっ!? 物凄い暴走してるよ!? どうしたんだヒナタくん、どおどお……」
「全部本気だって言ったら引く?」
「ひっ、引かない! 引くわけないよ! 嬉しいことばっかなのに引くもんか!」なんて、一生懸命になって言ってくれる。そんな彼女が、どうしようもなく愛しくて。
「ねえ」
「ん?」
あおいは……もしかしたら詳しいことは聞かされていないかも知れない。
でもあおいのことだ。もし聞かされていなかったとしても、何かには気が付いている気がする。というか気付かないわけがない。
「……いつか」
「ひなたくん?」
そして気が付いたなら、彼女はそれをとことん問い詰める質だ。たとえ危険がないとしても……それは、とても果てないこと。それはきっと、彼女だとしても。
「いつか、二人で見よう。そんな未来を」
「……ひなたくん」
それでもいつか。区切りが少しでも打てた、その時に。



