すべての花へそして君へ③


 電車はない。バスも一日に数本。車もほとんど通らない。信号機は……あったかな。車で20分くらい離れたところには、あったかも。
 ここは、そんな排気ガスや雑踏だらけの都会とは違い、人の手がほとんど入っておらず、自然の多く残る場所。鳥のさえずりが響き渡り、心地のよい風が吹き抜けていく。

 都心から離れた静かな田舎町。こぢんまりとはしていないが大きくもない家屋。
 オレが案内された平屋建てのここは、いわゆる児童養護施設のような場所だった。


「失礼します。マザー、ここにいますか?」

(ま、……)


 いちいち驚いてたら先になかなか進まないと察したので、もう敢えて突っ込まないことにした▼

 扉の奥では、一人の女性が椅子に座り、小さな子どもをあやしていた。


「道理で賑やかなわけですよ。ねー」


 オレたちの姿を横目で確認すると、そんな風に楽しそうに子どもへ話しかける彼女。肩口で揃えられた髪はとても柔らかそうで、優しそうな雰囲気にぴったりだった。ただ、マザーと言うにはまだ随分若いようだけれど……。


「これでも中学生の子どもがいるのだけれど」

「……え?」


 口に出してしまっていたのだろうか。慌てて確認してみるけれど、マザーと言われた彼女はただ、少しおかしそうに笑みをこぼしただけだった。


「さて。こんにちは葵ちゃん、今日もお勤めご苦労様」

「いえいえー、わたしが好きで来ているので」

「よければ紹介してもらっても?」

「おお! そうでした!」


 このタイミングでかと思わなくもなかったけれど、嬉しそうな顔で手招きをする彼女に、オレは平静を取り戻してから、一度彼女へと頭を下げた。


「九条日向です。彼女がいつもお世話に、……ご迷惑をかけていますすみません」

「こらこらちょっと。なんで迷惑かけた前提なのかな」

「葵ちゃんの彼氏さん?」

「そうなんですよー。口が悪くてすみません」

「ちょっと。まだ口悪いこと言ってないんだけど」

「それはそれは、失礼ぶっこきましたー」


 体裁を取り繕う間もなく、あおいのせいで完璧に素が出てしまった。そんなオレたちの様子に、彼女……マザーは、やっぱりおかしそうに笑っていたけれど。


「初めまして、九条日向くん。私はここの……家主? 管理人? みたいなもので、みんなここではマザーと呼んでくれるの。良ければ貴方も、そう呼んでくれると嬉しい」

「大丈夫です! ヒナタくんとっても英語の発音得意なので!」

「ふふ。だったら、呼ばれるのが楽しみね?」