電車はない。バスも一日に数本。車もほとんど通らない。信号機は……あったかな。車で20分くらい離れたところには、あったかも。
ここは、そんな排気ガスや雑踏だらけの都会とは違い、人の手がほとんど入っておらず、自然の多く残る場所。鳥のさえずりが響き渡り、心地のよい風が吹き抜けていく。
都心から離れた静かな田舎町。こぢんまりとはしていないが大きくもない家屋。
オレが案内された平屋建てのここは、いわゆる児童養護施設のような場所だった。
「失礼します。マザー、ここにいますか?」
(ま、……)
いちいち驚いてたら先になかなか進まないと察したので、もう敢えて突っ込まないことにした▼
扉の奥では、一人の女性が椅子に座り、小さな子どもをあやしていた。
「道理で賑やかなわけですよ。ねー」
オレたちの姿を横目で確認すると、そんな風に楽しそうに子どもへ話しかける彼女。肩口で揃えられた髪はとても柔らかそうで、優しそうな雰囲気にぴったりだった。ただ、マザーと言うにはまだ随分若いようだけれど……。
「これでも中学生の子どもがいるのだけれど」
「……え?」
口に出してしまっていたのだろうか。慌てて確認してみるけれど、マザーと言われた彼女はただ、少しおかしそうに笑みをこぼしただけだった。
「さて。こんにちは葵ちゃん、今日もお勤めご苦労様」
「いえいえー、わたしが好きで来ているので」
「よければ紹介してもらっても?」
「おお! そうでした!」
このタイミングでかと思わなくもなかったけれど、嬉しそうな顔で手招きをする彼女に、オレは平静を取り戻してから、一度彼女へと頭を下げた。
「九条日向です。彼女がいつもお世話に、……ご迷惑をかけていますすみません」
「こらこらちょっと。なんで迷惑かけた前提なのかな」
「葵ちゃんの彼氏さん?」
「そうなんですよー。口が悪くてすみません」
「ちょっと。まだ口悪いこと言ってないんだけど」
「それはそれは、失礼ぶっこきましたー」
体裁を取り繕う間もなく、あおいのせいで完璧に素が出てしまった。そんなオレたちの様子に、彼女……マザーは、やっぱりおかしそうに笑っていたけれど。
「初めまして、九条日向くん。私はここの……家主? 管理人? みたいなもので、みんなここではマザーと呼んでくれるの。良ければ貴方も、そう呼んでくれると嬉しい」
「大丈夫です! ヒナタくんとっても英語の発音得意なので!」
「ふふ。だったら、呼ばれるのが楽しみね?」



