何か危険を察知したらしい。物凄い勢いでわたしの上から飛び退いたヒナタくんは、子犬みたいに震え上がっている。
「………………ば、場所による」
(それでも嗅がせてくれるヒナタくん……やさしすぎか)
「何処嗅ぐ気でいるの」
「逆に聞くけど何処はダメなの?」
「腕と脚の付け根」
「だ、大丈夫。そんなとこ嗅がないよ」
わたしに何をされると思ったんだヒナタくん。流石にそんなとこ……最初からハードル高いぜい。
――ただ、抱き締めてくれるだけでいい。
そう伝えると、心底ほっとしたように彼は息を吐いた。
「初めからそう言って」
「だ、だって匂い嗅ぐのがメインだ――」
言い切る前に腕を引かれ、彼の胸の中へと倒れ込む。予想よりも強い腕の力に、どきどきと心臓が速くなる。
そのうち腰を引き寄せられ、優しい手が、頭を撫で髪を梳く。……そっと、身を任せた。
「結局は……さ」
「ん?」
「ただ、寂しかったんだ」
「……」
わたしが選んだことだけど、我ながら自分勝手だと思う。
「一回くらい、面と向かって『やめろよ』って。言ってくれてもよかったんだよ」
「言わないよ、そんなこと」
「わ、わかってるよ。でも、たまには言って欲しい時だってあるんだよ」
「……珍しく弱気じゃん。どうして?」
「応援してくれるって、わたしのためを思ってだって、わかってるけど」
「……うん」
あの時は、まだわからなかったけど。
『オレにそれを求めるの間違ってない? しかもあなた一応彼女でしょ。ちょっとは止めようとか思わないの』
『それとこれとは話が違くない?』
ヒナタくんが、どうしてそんなことを言ったのか。今ならよくわかる。
「ちょっとくらい、束縛して。わたしのこと」
「……え」
「わがまま、言ってよ。行くなって、一回くらい言ってよ」
「……」
「どうにもならないことだって、どうにかしてみせるから。……だ、だから、そんなに聞き分けよくならないで。お願い」
「……っ」
息が苦しい。
「……完全に予想外」
こんなにも強く抱き締められたこと、今まであったろうか。
「……ひ、ひな」
「じゃあ何。寂しかったって、結局拗ねてたの? オレが引き止めなかったから」
「す、拗ね……!?」
「そうじゃないの。だから連絡もあの意味深なやつ一通しか送ってくれなかったんじゃないの」
「そ、それは。ヒナタくんに黙ってた自分への戒めで……」
「ほんとに?」
「……ひなっ、んん」
「ねえ。本当に、それだけだった?」
それにまともに返事もできないまま、しばらくはキスの雨に降られるハメになった。
「あおい。教えてよほんとのこと」
「はあっ。……っ、だって! 連絡くれなかった!」



