すべての花へそして君へ③


 ダイニングに帰ってきたけど、ヒナタくんの姿が見当たらなかった。


「ああごめん、ちょっといろいろ取りに行ってた」


 でも、すぐに後ろから声がかかる。
 一瞬、ほんの僅かに不安を感じていたけれど、そんなのはどうでもよくなった。というか理解が追いつかなかった。

 振り返ったら何故か、ヒナタくんがわたしのパンツ持ってたから。


「え? 前来た時置いてたやつだけど」

「いやいやいや! それはわかっているが、何故今パンツ?」

「ああ、ブラもあるよ。はい」

「ち、ちょっと。人の話を」


 聞かないまま、手に持っていた下着とタオルと、あと紙袋を渡してくる。これは、まさか。


「今風呂入れてるから」

「い、いや。お気持ちはとても嬉しいんだけど」

「オレ入ってくるね」

「……いってらっしゃいませ」

「冗談冗談。そんなにむくれない」


「今日は疲れたでしょ?」ぽんと、頭に大きな手の平が乗っかってくる。意図はわかったけど、でも、家主より先にというのはどうも……。


「いろんな人の相手しないといけなかったし、会うの久し振りすぎてちょっと緊張したでしょ。余計なこと考えすぎ」

「うう、否めん……」

「それから、余計な力も入りすぎだから。ま、それについてはオレも同じだけど」

「ひなたくん……」

「ちょっと……いや、だいぶ疲れたよ。んー、慣れないことするもんじゃないねやっぱり」

「……うん、そうだね」


 確かに、余計なこと考えた。ヒナタくんの言うとおりだ。今日はいろんな人と話をしたし、気を遣ったし、弱音を吐くくらいには、疲れてる。


「じゃあ、ヒナタくんも一緒に入ろ?」

「オレはあとでいいよ。ちょっと酒抜いて、ついでに片しとくから」

「…………」

「……何?」

「あれだね。お酒飲んだらとことん乙女の勇気をへし折ってくるんだね。寧ろ理性保ててるんじゃない?」

「そんなことないよ。片したら即行追いかけてくよ」

「んじゃ行って参る」

「ごゆっくりどうぞ」


 宣言通り、彼はすぐに入ってきた。


「したい」

「っ、え」

「キス。していい?」

「あ、……え。えっと」


 しかもまだ脱衣所だ。お酒抜くって、コップ一杯お水飲んだだけでしょ絶対。片すって、シンクの中にぶち込んできただけでしょ絶対。……まだ、ストッキング片足しか脱げてない状態で、そんなことお聞きになるのねあなたは。


「ど、……どんと来いやこんちきしょう!」

「あとは?」

「へ?」

「痕。……つけたい」

「……」

「付けていい?」

「……ダメって言ってもするんでしょ」

「うん、ごめん。聞くだけで理性の欠片底尽きた」


 壁際まで追い遣られ、性急に唇を塞がれる。彼の、溜め込んでいた感情が、一気に流れてくる。


「……んっ、ふぁ」


 それは寂しさであり、腹立たしさであり。悲しさであり、苛立たしさであり。


「名前呼んで」

「っ。ひ、な」

「もっと」

「はあっ。……ひな、……んっ」

「あおい。もっと呼んで。オレの名前呼んで」

「んんっ。……ま、まってひな、……ん、ふっ」


 納得できない、消化できていない感情だったり。自分でも理解できない想いを、駄々を捏ねるようにただ、必死にぶつけてきた。