ダイニングに帰ってきたけど、ヒナタくんの姿が見当たらなかった。
「ああごめん、ちょっといろいろ取りに行ってた」
でも、すぐに後ろから声がかかる。
一瞬、ほんの僅かに不安を感じていたけれど、そんなのはどうでもよくなった。というか理解が追いつかなかった。
振り返ったら何故か、ヒナタくんがわたしのパンツ持ってたから。
「え? 前来た時置いてたやつだけど」
「いやいやいや! それはわかっているが、何故今パンツ?」
「ああ、ブラもあるよ。はい」
「ち、ちょっと。人の話を」
聞かないまま、手に持っていた下着とタオルと、あと紙袋を渡してくる。これは、まさか。
「今風呂入れてるから」
「い、いや。お気持ちはとても嬉しいんだけど」
「オレ入ってくるね」
「……いってらっしゃいませ」
「冗談冗談。そんなにむくれない」
「今日は疲れたでしょ?」ぽんと、頭に大きな手の平が乗っかってくる。意図はわかったけど、でも、家主より先にというのはどうも……。
「いろんな人の相手しないといけなかったし、会うの久し振りすぎてちょっと緊張したでしょ。余計なこと考えすぎ」
「うう、否めん……」
「それから、余計な力も入りすぎだから。ま、それについてはオレも同じだけど」
「ひなたくん……」
「ちょっと……いや、だいぶ疲れたよ。んー、慣れないことするもんじゃないねやっぱり」
「……うん、そうだね」
確かに、余計なこと考えた。ヒナタくんの言うとおりだ。今日はいろんな人と話をしたし、気を遣ったし、弱音を吐くくらいには、疲れてる。
「じゃあ、ヒナタくんも一緒に入ろ?」
「オレはあとでいいよ。ちょっと酒抜いて、ついでに片しとくから」
「…………」
「……何?」
「あれだね。お酒飲んだらとことん乙女の勇気をへし折ってくるんだね。寧ろ理性保ててるんじゃない?」
「そんなことないよ。片したら即行追いかけてくよ」
「んじゃ行って参る」
「ごゆっくりどうぞ」
宣言通り、彼はすぐに入ってきた。
「したい」
「っ、え」
「キス。していい?」
「あ、……え。えっと」
しかもまだ脱衣所だ。お酒抜くって、コップ一杯お水飲んだだけでしょ絶対。片すって、シンクの中にぶち込んできただけでしょ絶対。……まだ、ストッキング片足しか脱げてない状態で、そんなことお聞きになるのねあなたは。
「ど、……どんと来いやこんちきしょう!」
「あとは?」
「へ?」
「痕。……つけたい」
「……」
「付けていい?」
「……ダメって言ってもするんでしょ」
「うん、ごめん。聞くだけで理性の欠片底尽きた」
壁際まで追い遣られ、性急に唇を塞がれる。彼の、溜め込んでいた感情が、一気に流れてくる。
「……んっ、ふぁ」
それは寂しさであり、腹立たしさであり。悲しさであり、苛立たしさであり。
「名前呼んで」
「っ。ひ、な」
「もっと」
「はあっ。……ひな、……んっ」
「あおい。もっと呼んで。オレの名前呼んで」
「んんっ。……ま、まってひな、……ん、ふっ」
納得できない、消化できていない感情だったり。自分でも理解できない想いを、駄々を捏ねるようにただ、必死にぶつけてきた。



