すべての花へそして君へ③


 完全に墓穴を掘った挙げ句、少し苛立たしげな彼に二の句が継げなくなったわたしはというと、ついでにと言わんばかりに、マフラーまでぐるぐると……何故か首ではなく体に巻かれた。


(……あ、わかった。米俵だ)


 何でデジャビュなのかなと思っていると、そういえばわたしも、彼の家に押しかけた時同じことやってるんだった。言うこと聞かなかったからヒナタくん。流石にぐるぐる巻きにはしてないけど。
 まあ大体そんな感じで肩に担がれたわたしは、小屋の奥にあった部屋へと運ばれた。


「はい、到着っと。すぐ暖かくなると思うから、もうちょっと待ってて」


 どうやら暖炉があるらしい。先程まで使っていたのか、まだ部屋は少し暖かかった。
 わたしをソファーに座らせるなり、彼はざっと灰を払って新しい薪をくべ始める。一生懸命準備してくれている背中に、遠慮がちに声をかけた。


「あの、ヒナタくん」

「さっきまで理事長がいたんだよね」

「え? そうなの?」

「ん。無駄話聞かされてた」


 無駄話って……。
 彼にとっては大事な話だったんだろうけれど、ヒナタくんにとっては、大欠伸が出るほど退屈だったらしい。


「……大体こんなもんかな。見様見真似だけど」


 と、いうよりは、話す必要がなかったんだろう。謝罪よりは庭に咲く桜の話の方が、よっぽど興味あったと見える。


「寒くない……?」

「うん。おかげさまで」


 体に巻き付いたマフラーを解いてくれる手や袖は、煤で黒く汚れていた。相当、心配をかけてしまったらしい。


「……ごめんねヒナタくん」

「何が」

「さっさと小屋に入んなかったから」

「…………」

「だから怒ってたんだよね。ごめん」

「いや違うから」


 俯いていると、肩にとんと手が置かれる。何故か彼は、顔を片手で押さえながら嘆息を洩らしていた。手を剥がした顔の端には、煤が少しついていた。


「……怒ってないよ」

「じゃあ呆れてるんだ」

「呆れてもない。何、拗ねてんの?」

「別に拗ねてないもん」


 折角こうして二人になれたわけだし、余計なことで時間はかけたくない。どのみち悪いのはわたしだ。風邪をぶり返したいわけじゃないし、それに煤が気になるし。ちょっと可愛いけど、取ってあげなきゃだし。


「……やっぱ呆れてるかも」

「ほら見たことか」

「オレにね」

「ヒナタくんに? なんで?」

「さっきのは子供だった。大人げなかったなって」

「……さっき?」


 さっきって何のことだろう? お馬鹿な頭を巡らせていると、それを遮るように彼は一つ咳払いをする。


「確かに、風邪に関しては心配してるけど、でも、そこまでじゃないというか。まあ無理すんなとは思ってるけど……」


 小さな逡巡の後、彼は解いたマフラーをわたしの首に巻き付けながら、隣に腰を下ろした。


「これでもさ、柄にもなく緊張してるんだよね」

「……そうなの?」

「そうだよ。道明寺に乗り込む時なんか比じゃないくらい」

「んな馬鹿な」