すべての花へそして君へ③

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「ぶあくしょい!!」


 おやおや? どうやら誰かが、わたしのことを噂しているようだ。
 きょろきょろと辺りを見回してみるが、それらしい人は見当たらない。全くもう、一体全体、誰が噂してるんだ全く。


「ああもうバカ。ほら、早く中に入っ……ちょっと、聞いてる?」


 ま、誰が噂したところで、それはそれは素敵な物語をいろんな人に聞かせてあげたんだ。言わば今のわたしは、完全無欠の無敵状態!


「……おい」


 これでもう、この世で最も恐ろしいという井戸端会議中のおばちゃんたちの噂だって、今のわたしは怖くな――


「ぐはっ」

「早く入れって言ってるよねさっきから」


 と、言いかけたところで、後ろから勢いよく突き飛ばされた。
 有無を言わさぬ声色と、完全に感情の落っこちた無表情。それから上がっていた片足と背後の黒いオーラに、『もう入ってたんですけど……』なんて言葉は、口から出ずにひゅっと引っ込んでいった。


「返事は」

「ご、ごめんちゃい……」


 てかあなた、蹴飛ばしたの……? 道理で切れ味が良いはずだ。
 あ、でも知ってる? 巷では、くしゃみ一回だけなら専らいい噂って――


「……べくちっ」

「今の何」

「く、くしゃみじゃないよ!? 決して! 断じて!!」


 た、確か巷では、くしゃみ二回は悪い噂だったはず。んでもって三回目はただの風邪。
 わわ、今の時点でも大変だけど、これ以上はもっと大変だあ……!

 すっと腕を摩りながら、くしゃみを止める方法を知識総動員して探していると、上から包まれるように何かが肩に掛かる。


「大して温くないだろうけど」


 彼が着ていたコートだとわかるまでに時間がかかったのは、そこに残るぬくもりが心地よかったからだ。あと、わたしが匂いフェチだから。


「まあちょっとの間我慢しててよ」

「あ。ち、ちょっと待ってヒナタくん」


 そう言ったかと思ったら、彼はわたしの肩を抱きどこかへと連れて行こうとする。
 そんな彼の袖を掴んで慌てて止めた。こんな薄手では、少しの間だけだとしても凍えてしまうよ。


「ん? どうしたの」

「だ、大丈夫だよ? ヒナタくんまで風邪引いちゃうから」

「……オレまで?」

「あ」

「やっぱりまだ風邪治ってないん」

「治ってる! 治った! 今ちょっと寒かっただけだから! おかげでもうすっかりあったかいよ!?」

「だったらそのまま着てて」

「うぐ。はい、すみません……」