『行かないの』
『馬鹿かお前。行くわけねえだろ』
『でも……』
『やめろやめろ。もういらねえんだよ、んな気遣い』
最後の最後で気を遣う弟の背中を送り出して、どれだけ時間が過ぎただろう。特に何をするでもなく、気付けばぽつんと一人、誰もいないエントランスに茫然と立ち尽くしていた。
達成感と倦怠感。不安と安心。忙しなく湧き上がる遣り場のない感情。試しに何度も、ため息と一緒に吐き出したり、それこそ自棄酒と一緒に流し込んだりしてみたけれど。……効果は今一つ。詰まるところ、解決の道は一つしかないってこと。
そっと、手の平に視線を落とした。
「無事、会えてるといいけど」
「無事、会えてると思うよ今頃」
呟いた独り言に、背後から返答が返ってくる。振り返ったそこには、壁にもたれかかりながら楽しそうに笑っている“共謀者”がいた。
【――人ってさ、本来は自分の欲望に忠実な生き物のはずなんだよ】
『……悪いな、休憩入る前に』
『いいよ。それで? 僕に用事って』
任されたのは、二人にカードを渡すこと。そして、きちんと相手のカードだと伝えることが絶対だった。
『おかしいな。ゲームの情報は、完全シークレットだったはずなんだけど、どこから漏れたんだろう』
『それは……ちょっと、小耳に挟んだんだよ』
『小耳に挟む情報だって、百合生も知らないはずなんだけど』
『何が何でも成功させないといけないんだ。そのために、お前の手を貸して欲しい』
内容は簡単だが、難易度はそこそこ。桜の俺が自由に動くには、流石にここではいろいろと不便なことが多過ぎた。
『何するつもりなんだ九条くん』
『大したことじゃない。ただ、葵のカードをどうにかして手に入れたい』
『あるよ?』
『……へ?』
『僕が持ってる。ゲームの時に渡そうと思ってたから』
『……! だったら話が早え!』
【それなのにさ、ビックリするぐらい彼らはそうじゃないよね。寧ろ相手のための方が、自分の持ってる何倍ものやる気を発揮させてると来た】
そして葵をエスコートしていた彼に協力を仰ぎ、無事、二人にお互いのカードを渡すことができた。
使えるものを使った分、割とスムーズに仕事はこなせたと思う。そのくせどうなったのか気になって気になって仕方がなかったけれど。



