すべての花へそして君へ③


「…………」


 顔を作ることさえ忘れたかのか、何故か彼は呆けた顔になった。
 こちらとしては、至って真面なことを言ったはずだ。思わず首を傾けてしまう。


「俺の中にある君の辞書には、そんな言葉なかったよ」

「少なくともオレは、あんたよりは真面な人間だと思ってますよ」

「えーそれは嫌だなー。俺、君ほどねじ曲がった性格してないつもりだよ」

「オレだって、あんたほどクソみたいな性格してないですよ」


 可笑しそうに笑う彼からは、一切の警戒や殺気が解けたように感じた。
 ……もしかしたら今の彼が、本当の彼なのかもしれないな。まあ、それこそ興味はないけれど。


「君らほんと、俺を笑わせる天才かも」

「そんなのなった覚えありませんよ」

「いやー笑った笑った。にしてもさ、これからどうするの」

「あんたに教える義理はないね」

「だって、葵ちゃんと別れたんだよね? 俺が手出してもOKってことだよね?」

「ふざけんな。女の人いるだろ」

「彼女には了承済みだよー。お仕事上の関係ってことで。理解ある奥さんでありがたいよねー」

(絶対オレの方が人としてマシだと思う……)


 そのあとも、何度も何度も彼は執拗に聞き出そうとしてきた。
 こいつ、本当に“急”って意味わかってんのかなと。そう思うくらいには。


「えー今から面白くなりそうだったのにい。わかりましたわかりました。すぐに向かうッスよー……」


 やっぱりこいつ、絶対意味わかってないと思い始めた頃、一本の救いの電話がかかってきた。どうやらようやく解放されるらしい。


「それじゃあ弟くん。また仕事の経過報告にでもやってくるよ」


 手を振って身を翻した彼もまた、颯爽と爽やかな笑顔で窓から去って行った。


「……こんな形だけど、ちゃんとオレなりの守り方であいつのこと守れたのかな」


 そうであることを願いながら。


「ま、今回軍配が上がったのはオレの方ってことで」


 走って行くそんな彼の滑稽な後ろ姿を、オレはバッチリと写真に収めておいたのだった。


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