「…………」
顔を作ることさえ忘れたかのか、何故か彼は呆けた顔になった。
こちらとしては、至って真面なことを言ったはずだ。思わず首を傾けてしまう。
「俺の中にある君の辞書には、そんな言葉なかったよ」
「少なくともオレは、あんたよりは真面な人間だと思ってますよ」
「えーそれは嫌だなー。俺、君ほどねじ曲がった性格してないつもりだよ」
「オレだって、あんたほどクソみたいな性格してないですよ」
可笑しそうに笑う彼からは、一切の警戒や殺気が解けたように感じた。
……もしかしたら今の彼が、本当の彼なのかもしれないな。まあ、それこそ興味はないけれど。
「君らほんと、俺を笑わせる天才かも」
「そんなのなった覚えありませんよ」
「いやー笑った笑った。にしてもさ、これからどうするの」
「あんたに教える義理はないね」
「だって、葵ちゃんと別れたんだよね? 俺が手出してもOKってことだよね?」
「ふざけんな。女の人いるだろ」
「彼女には了承済みだよー。お仕事上の関係ってことで。理解ある奥さんでありがたいよねー」
(絶対オレの方が人としてマシだと思う……)
そのあとも、何度も何度も彼は執拗に聞き出そうとしてきた。
こいつ、本当に“急”って意味わかってんのかなと。そう思うくらいには。
「えー今から面白くなりそうだったのにい。わかりましたわかりました。すぐに向かうッスよー……」
やっぱりこいつ、絶対意味わかってないと思い始めた頃、一本の救いの電話がかかってきた。どうやらようやく解放されるらしい。
「それじゃあ弟くん。また仕事の経過報告にでもやってくるよ」
手を振って身を翻した彼もまた、颯爽と爽やかな笑顔で窓から去って行った。
「……こんな形だけど、ちゃんとオレなりの守り方であいつのこと守れたのかな」
そうであることを願いながら。
「ま、今回軍配が上がったのはオレの方ってことで」
走って行くそんな彼の滑稽な後ろ姿を、オレはバッチリと写真に収めておいたのだった。
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