「この桜は、もう何十年も前から患っているそうですよ」
時折、風で小枝が揺れる。
空耳だろうか。辺りを見回してみるけれど、声の主は見当たらない。
「……そうなんですか?」
一歩、木に近付いた。
「だから少し、つらそうに見えたんでしょうか」
「それはきっと、争いの種が自分だからではないかと」
「え? どうして、この桜の木が……」
「それは……」
北と南の交流が盛んだった時代。その証として各校は『校花』である苗木や種を預け合う。五年後、十年後、お互いの学校で綺麗な花が咲くことを夢見て……。
「けれど、百合ヶ丘でそれを見ることは叶わなかった」
静かに、雪が踏まれる音がする。
「苗木からといえど、この地で桜を育てるには少し、環境が合わなかったようですね」
「……病気になった桜を見て、ショックを受けてしまったんでしょうか」
「本当かどうかはわかりません。百合の中で桜を良く思っていない人が、故意にこの木を傷付けたのかも」
「水面下で争うようになってしまったお互いを見ていたから、こんなにも綺麗なのに、どこかつらそうに見えるんですね」
わたしも、ゆっくりと桜の木に近付いた。
腕を目一杯に広げても半周も届かないであろう大木に、そっと手の平を添える。それでもこの木がここまで大きく育つことができたのは、争いの中でもお互いを思う人たちが、きちんといたからだ。ずっと見守っていてくれたからだ。
「来年、ここに新しく桜の木が植えられるそうです」
「桜ヶ丘から贈られるって聞きました」
あ。もしかして自分が切られると思っているから、この桜の木は寂しがっているのだろうか。
「……そんなことないよ。絶対に」
来年からは、まだ小さな桜と一緒に、たくさんの子供たちを見守っていかなければならないんだから。
「見る人が増えれば、きっと咲きます」
遠くの方で聞こえていた声が、近くなった。
冷たい風は止み、わずかに胸が温かくなる。
「まだまだ現役でいてもらわないと」
「ふふっ。はい、そうですね」
「まあ、桜ほどここは賑やかではないだろうけれど」
「そんなことないと思いますよ? こんなに大きな桜が花を咲かせられるようになれば、きっと百合ヶ丘の人たちだってはしゃいじゃうのではないかと?」



