すべての花へそして君へ③


【20XX年11月XX日】
 REC●


 豪快過ぎる退場に奥歯を噛み締めていると、後ろから噴き出して笑う声が聞こえる。


「訊きたいこと、俺ならいくつか答えられると思うけど?」

「あんたもあいつと本庁行くんだろ。さっさと行けよ」

「あーらら。相当嫌われ者ッスね俺」

「……どっちの喋り方が本当なんだよ」

「言ったでしょ? 俺の自己紹介をしてたら日が暮れるッスよ」

「……ま、あんたなんて毛ほどの興味もないけどね」


 ミズカさんの提案通り、あれからオレは彼女と距離をとった。伝えた理由も、決して間違いじゃないんだから赤くもなるさ。当たり前だろ、心底好きなんだから。


「あ、そうだ。知ってるよー弟くん。別れ話の前に葵ちゃんと距離とってくれたんだってね。お陰でこちらの仕事が捗ってるんだよ。俺の負担も、これからはもっと軽くなりそうだ。……でも」


 とんっと軽く飛んで窓枠に立ちながら、彼は続けてこう言ったんだ。
 ――“命を預かる”という言葉が、決して“守る”という意味ではないことを。


「知ってるよね。俺、射止めるのは得意なんだ」


 全身を黒で統一した長身。その背景には月明かり。
 開いた窓のカーテンが、風に大きく靡く。そう、まるでマントのように。


「面白いくらい思い通りに動いてくれて感謝しているよ。これでようやく、葵ちゃんをこちら側に完全に引き込むことができる」


 まるで昔、オレが変装したあの時の怪盗のようだと。このまま、オレの大事なすべてを奪われてしまうかもしれないと。
 ……そう思った。


「……ふっ」

「ん? どうかした?」

「いや、思い出し笑いです」

「……ふーん」


 ――だから? それがどうした。
 奪えるものなら奪ってみろ。


「ははっ。あーあ。さっきの動画に収めたかったなー」

「えらくご機嫌だ」

「普通、あんなの見せられて笑うなって言う方が無理ですよ」

「ま、それには賛同するよ」


 二人して、彼女が去って行った方角を見つめながら、オレは机にもたれかかる。
 雰囲気を感じ取ったのか、急ぎの用事にもかかわらず彼は窓枠にそっと腰掛けた。


「オレは今日まで、あいつが何かを隠していたなんてこと、全く知る由もなかった。勿論あんたのことも」

「そうだね。よく知ってるよ」

「だからオレは、これまでずっと苦しんできた。まさかはじめから知ってたなんて知らなかったし、あんたの存在にも正直苛立ってた」

「わかりやすいんだもんねー弟くん」

「そう思いますよ。自分でも、結構わかりやすい性格してるなって。ま、たまに面倒ですけど」

「それ自分で言っちゃうんだね」

「今更隠してたってしょうがないですし」

「それもそうだね」


 だから今、全部がわかって、繋がって。正直、清々しいくらいには気分がいい。
 視界も、頭の中もクリアだ。十分、目の前の現状も今までのことも整理できた。