すべての花へそして君へ③


 隠れていた壁からひょっこり姿を現すと、思っていた以上に素直な反応が返ってきた。
 けれど見られていたことを知った彼はというと、「居た堪れないです!」と言いたげな顔をして一目散にその場から立ち去ろうとする。


「ねえ。さっきはなんて言ってたの。後学のために教えてよ」

「えっ。あ、アイさん!?」

「ねえねえ! さっきあげてたバラの花! ドット柄だったね! 可愛いね!」

「ええっ!? あ、あおいさんまで……」


 けれど残念なことに、足の遅い彼がどれだけ走ったところで、わたしたちには追いつかれてしまうのだ。結構高いヒールだけどね、これ。


「さあー! 観念するんだ!」

「……なんでそんな楽しそうなんです?」

「何か面白そうな匂いがしたから!」

「……嬉しそうな顔ですねあおいさん」


 そしてとうとう壁際に追い込まれたレンくんはというと、両サイドから圧力高めに壁ドンされるという、大変惨めな目に遭った。


「レンくん、ここは素直に折れておいた方が、レンくんのためですう」

「……わかりました。は、話しますから、お二人ともちょっと下がってください」


 しかも、なんでちょっと恥ずかしそうなの。
 よくわかんないけど、多分レンくんが女の子だったら、今の可愛い顔にノックアウトされた男子は多いだろう。レンくんは嬉しくないだろうけど。

 予想は案の定当たっていたらしく、わたしたちは告白の現場に遭遇したらしい。いや、後ろから付いて行ったから遭遇とは言わないか。


「とんだところを見られてしまいました」


 まあ、レンくんには“たまたま”って言っておいたけど。


「いいじゃん。好かれてる証拠でしょう?」

「それはそうですけど……」

「でもレンくん大丈夫? 顔が疲れてる……」

「今の子で多分、二十人目……くらいですから」


 そりゃ疲れもしますよと。バラはもうありませんよと。
 どっと疲れを吐き出した彼は、壁沿いにズルズルと崩れ落ちた。


「レンくん、背伸びするからですう」

「やっぱり体力がないのが原因かな?」

「あおいさん、多分それ今違うかも」

「あらそう? うーん、でも」


 ここまで体力がなさ過ぎるのも考え物だけれど、座り込んでいるレンくんは酷くつらそうだ。それに顔色も悪いし、脂汗まで。


「レンくん、無理したでしょう。元々体調良くなかったんじゃない?」

「え。あ、いや……」

「やっぱり。どこかで休ませてもらおう? ちょうどアイくんたちもいることだし」

「でも……」

「確かに席を外すことはあまり宜しくはないかもしれないけど、倒れたら元も子もないよ。それは百合側だって望んでない」

「……そう、ですね」

「だから……ね? 二人もいいでしょう?」

「勿論」

「当たり前ですう」

「……じゃあ、そうさせてください」


 素直に頷いたということは、結構つらいんだろう。申し訳なさそうに下げている頭を、よく頑張ったねと撫でておいた。