そこまで言いかけたわたしを背に庇うように、彼は流れるように体の向きを変える。少し見えた表情は、完全に目の前の人を敵認識していた。
「翼と言います。それで。何か」
「……ち、ちょっと待つんだツバサくん」
「何だよ」
「間違っちゃいないけど、ちょっと落ち着こう」
「馬鹿野郎。これが黙っていられるかって」
「朝日向さん、彼があなたのお連れ様かな」
「は、はい。連れが大変失礼しました」
頭を下げると、彼の方が「此方こそご挨拶もなく」と一度断りを入れてツバサくんに自己紹介をしてくれた。でも、心なしか二人の間にバチバチと散る火花が見える。
「お連れ様が来られたようなので、私はこれで。非常に惜しいですが、女性と交わした約束は絶対ですから。お誘いは、また後日にでも」
「あ。その件についてなのですが」
去って行こうとする彼にもう一度深く頭を下げて、わたしはそのお誘いへの断りを示した。
「わたし、実はお茶を飲む場所は決めているんです」
それから一言二言話をすると、彼は納得したように小さく頷いてくれた。後日、そういうのは全く関係なく、美味しいお茶菓子を教えてもらえることに。
――バシン。
「あいたっ。だから、ごめんってば」
「何楽しげにナンパ野郎と話してんだ」
「た、確かにナンパされたけど」
「自覚あったのか……」
「でも会話の内容はすごい真面目だったんだよ? 源頼朝が平氏を全滅させた戦いの背景は、実は残っている書物と伝承では内容が異なるとか」
「……そんなこと話してたのかお前ら」
「でも彼が、わたしの話で一番楽しそうに笑ってたのは、ツバサくんが彼氏でも何でもないってわかった時だったけど」
「やっぱあいつ、一回絞めてくる」
「まあまあ。どうどう」
「お前もお前だ。何ご丁寧に本当のこと話してんだよ。俺の立場は」
「だ、だからさっきから謝って」
「足らん」
わーん。ナンパの人よりもよっぽどツバサくんの方が質悪いよー。絡み方がちょっと面倒だよー。
「ごめん。立場のある人だったから、なかなか断りづらくて……」
「素直にそう言っときゃいいんだよ」
「はい、ごめんなさい」
「おう」
「でも話の流れ的に、ここで間に入って来るのはツバサくんじゃないような……って、若干頭の端っこで考えたよね」
「そこまで素直にならんでいい」
はあと大きなため息を落とした彼だったが、さっきのことは水に流してくれたのか。ふっと顔付きが柔らかくなる。
「お前に伝言」
「……伝言?」
「伝言……いや、ありゃ独り言か」
「へ?」



