すべての花へそして君へ③


 そこまで言いかけたわたしを背に庇うように、彼は流れるように体の向きを変える。少し見えた表情は、完全に目の前の人を敵認識していた。


「翼と言います。それで。何か」

「……ち、ちょっと待つんだツバサくん」

「何だよ」

「間違っちゃいないけど、ちょっと落ち着こう」

「馬鹿野郎。これが黙っていられるかって」

「朝日向さん、彼があなたのお連れ様かな」

「は、はい。連れが大変失礼しました」


 頭を下げると、彼の方が「此方こそご挨拶もなく」と一度断りを入れてツバサくんに自己紹介をしてくれた。でも、心なしか二人の間にバチバチと散る火花が見える。


「お連れ様が来られたようなので、私はこれで。非常に惜しいですが、女性と交わした約束は絶対ですから。お誘いは、また後日にでも」

「あ。その件についてなのですが」


 去って行こうとする彼にもう一度深く頭を下げて、わたしはそのお誘いへの断りを示した。


「わたし、実はお茶を飲む場所は決めているんです」


 それから一言二言話をすると、彼は納得したように小さく頷いてくれた。後日、そういうのは全く関係なく、美味しいお茶菓子を教えてもらえることに。


 ――バシン。


「あいたっ。だから、ごめんってば」

「何楽しげにナンパ野郎と話してんだ」

「た、確かにナンパされたけど」

「自覚あったのか……」

「でも会話の内容はすごい真面目だったんだよ? 源頼朝が平氏を全滅させた戦いの背景は、実は残っている書物と伝承では内容が異なるとか」

「……そんなこと話してたのかお前ら」

「でも彼が、わたしの話で一番楽しそうに笑ってたのは、ツバサくんが彼氏でも何でもないってわかった時だったけど」

「やっぱあいつ、一回絞めてくる」

「まあまあ。どうどう」

「お前もお前だ。何ご丁寧に本当のこと話してんだよ。俺の立場は」

「だ、だからさっきから謝って」

「足らん」


 わーん。ナンパの人よりもよっぽどツバサくんの方が質悪いよー。絡み方がちょっと面倒だよー。


「ごめん。立場のある人だったから、なかなか断りづらくて……」

「素直にそう言っときゃいいんだよ」

「はい、ごめんなさい」

「おう」

「でも話の流れ的に、ここで間に入って来るのはツバサくんじゃないような……って、若干頭の端っこで考えたよね」

「そこまで素直にならんでいい」


 はあと大きなため息を落とした彼だったが、さっきのことは水に流してくれたのか。ふっと顔付きが柔らかくなる。


「お前に伝言」

「……伝言?」

「伝言……いや、ありゃ独り言か」

「へ?」