すべての花へそして君へ③


「――失礼。お一人のようですが、何か飲まれますか」


 ここでいいと言っても聞かない父の背を渋々見送った後、その男性は声をかけてきた。


「お気遣い有難う御座います。今連れを待っていまして」

「そうでしたか。では、そのお連れの方がいらっしゃるまでで構いませんので、宜しければ少しお相手させていただけませんか。勿論、お嫌でなければで結構ですので」

「……申し訳ないのですが、あまり話をするのが得意ではなくて。きっと退屈をさせてしまうのではないかと」

「実は私も、連れを待っているんです。でも、これだけ多くの有名な方がおられると、考えるだけで畏縮してしまうじゃないですか。面が割れている分何かと話しかけられてしまいますし、本音を言うと一人は心許なくて」


 同じ境遇に、気持ちがわからないこともなく。困っている人は放っておけない。それに、初めはボーイの方かと思ったが、雑誌やテレビなどで何度かお顔を拝見したことがある。某有名一派の一族、その御曹司だ。


「……わたしでよければ」


 正直、ここまで言われては断る方が失礼だろう。断れないままここまで言わせてしまった、わたしの負けだ。


 ――――――…………
 ――――……


 初めはいつ切り上げてしまおうかと思っていたが、案外話が弾んでいた。というのも、彼の一族は元々武士の家筋で、剣術や柔術だけではなく、弓術や馬術も代々受け継いでいるとのこと。
 独学のおっちゃんが、近所の子たちに教えるのとは訳が違うのだ。ミズカさんが悪いわけではないが、興味がないと言えば嘘になる。


「時に朝日向さん、お茶はお好きですか?」

「お茶、ですか?」

「こういった賑やかな場所もたまにはいいですが、静かな場所でゆったりとした時間を過ごす。それにお抹茶と甘いお菓子があれば最高だと、そうは思いませんか」

「……ふふ。ええ、それは本当に素敵ですね」


 そういえば、彼の一派は茶道も継承していたっけ。


「良ければ今度、ご一緒に御茶屋巡りでも如何ですか。宮内庁御用達のお茶菓子もご一緒に召し上がれる、和の雰囲気溢れた居心地のいい場所を、沢山ご紹介させてください」


 前に一度だけ戴いたお茶は、本当に見事で美味しかったな。……もう、飲めなくなっちゃうのかな。


 ――バンッ。


「悪い、待たせた」


 どこから走ってきたのか。彼は少し息を弾ませながら、わたしたちの間の壁に、少し苛立たしげに手をついた。


「あと、……彼女に何か」


 それでもって、わたしの反対側にいた彼へ、僅かに敵意を滲ませた。
 急な登場に、上手く言葉に出来ないわたしとは反対に、彼は一瞬目を瞠っただけで冷静に言葉を紡ぐ。


「朝日向さん、良ければご紹介してもらっても」

「あ、はい。此方、九条冬青さんの息子さんで」