「アキ、父さん小鳥遊さんのところにいたよ」
いつの間にか少し離れていた兄は、この人混みの中目敏く父を見つけていたらしい。そろそろ時間か。
「あの、シントさん」
「……アキ、紀紗ちゃんごめん。ちょっとだけ日向くん借りるね」
「ん? ああ」
「はーい。じゃあその間秋蘭借りときますね」
少し可笑しそうに返事をした兄は、日向を連れ人混みに姿を消した。まあ兄のことだ。俺のこともすぐ見つけるだろう。下手には動くまい。
「そういえばさっき、有栖川理事長と話をしてきたんだ。何かゲームを用意してるらしい。賞品もあるとかないとか」
「それ、桜の専売特許じゃなかったんだね」
そう言って一度やれやれと肩を竦めたかと思ったら、紀紗は「あれ?」と何かに気付いたのか、不思議そうに首を傾げた。彼女の声が、俺にしか聞こえないほど小さくなる。
「……あたしの勝手な想像だけど、百合ってあんまりそういうの興味ないのかと思ってた」
多分、彼女の思った通りだ。ここに集められた人だって、ほぼ全員が立場のある人間。少々の賞品ならゲームの価値すら感じないだろうし興味も出ない。よっぽどのことがない限り話も聞かないだろうから、参加する人はまずほとんどいないだろう。
それに俺らも、招待されている身ではあるが、だからこそそう簡単に付き合いをほったらかしにしてゲームに参加するわけにもいかない。企画と言えど、余興のようなものらしいし。
「ま、付き合いよりも企画してくれた人の気持ちを汲む、希有な奴も中にはいるだろうけどな。一人くらいは」
その独り言に、紀紗はふっと可笑しそうに笑った。確かに、あれは希有だわと。
「アキ、そろそろ行くよ」
「ああ。今行く」
それに俺も笑みで返し、帰ってきた兄と共にその場を後にしたのだった。
少し前を歩く兄の背中を、僅かに足を早め追いかける。
いつだってそうだった。大好きな兄は常に、人の一歩先を進んでいた。
(俺は、本当に兄の力になれるのか? 共に再建、できるのか)
次期当主の座は荷が重すぎる。いや、そもそも向いていないのだ。
俺には、兄ほど一歩先のことを考える力が備わってはいない。後についたものがじゃない。元から持っていたものがだ。
それがわかっているから尚の事。次期当主になるであろう兄の隣に、俺は堂々と立っていられるのだろうか。
(ま、だからと言って、他の誰にもその場所を譲るつもりはないけどな)
だから、悩んでいたって仕方がない。不安がっていたところで、何も始まらない。
「……っと。どうした?」
「俺も負けない」
「え?」
「葵は、大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないと思う?」
「いいや、思わない」
「でしょ? だから、あれでいいんだよ」
「そうか。……そっか」



