首を傾げているわたしの頭に、大きな手が伸びてくる。優しい顔で、父は笑っていた。
「今此方側から商談を持ちかけることは滅多にないんだよ」
「……ああ、成る程」
「だから、ありがとう。それに、こんなに可愛いお嬢さんのお願いを、聞かないわけにはいかないだろう? 君の要望を叶えられるよう精一杯努力させてもらうよ」
「あ、……ありがとうございます」
日本一の名前は、わたしが思っていた以上にも価値が高く、そして多くの人に愛されているらしい。
娘のわたしが言うのも何だけど、こういう父の姿を見ると、少しだけ感慨深い。とっても誇らしいものだ。
「……それに、他人がどうこう言おうと君たちはどうやら“本物”のようだしね」
「……まったく。食えないお人ですよ、小鳥遊さんは」
「ははっ。大いに期待しているよ、朝日向くん」
「弾ませていただきますよ、存分に。あなたの信頼を得られるなら安いもんです」
わたしが築いたものはまだまだ少なくて、ただ高く高く積み上がった場所に居させてもらってるだけだ。……でも。
「ああ言ってるけど、小鳥遊さんは人を選ぶんだ」
「そうなの? あんまり見えないけど」
「でも、俺たちは彼に足ると、認めてもらえた。お前のおかげだ」
「……そっか」
よくやった――その言葉に、ようやくその場所で、自分の居場所が、あるべき姿が見つけられたような気がした。
「お父さん」
「ん?」
「さっきはありがとう。ちょっとかっこよかった」
「ちょっとかあ。ならまだまだだなー」
どうなることかと初めは思っていたけれど、端からそんな心配は必要なかったらしい。彼はわたしの自慢の父親であり、間違いなく朝日向の社長だった。
「それと、お近付きの印に一つ、手厳しいことを言っていいかな」
「は、はい! 何か粗相をしたでしょうか?」
「いやいや。今後、商談を取り付けるに当たってのアドバイスだと思ってくれればいいよ」
「承知しました」
何においても、場数は彼の方が断然に上だろう。勿論父なんかよりもよっぽど。それを与れるなら、これはまたとない機会だ。
「双方が思い描いた利益を得ることはほぼゼロに近い…君は優しいから、あまり商談には向いていないかもしれないね」
「それは、わたしが父を引き留めようとしたからですか?」
「実際、数度粘っただけで交渉を取り止めようとしただろう? それはあまりにも早計だなと思ってね」
「成る程……」
「成立させたいと思うなら相手の首を必ず縦に振らせる材料を準備しておくこと。それと少し勉強不足かな。まずは自分で一度勉強しておくといいよ、交渉のボーダーが見えてくるから。それからうんぬんかんぬん……」
「あ。い、いえ小鳥遊さん。娘は……」
ええ、これぞまたとない機会。
だったら、教えておいてあげよう。何故わたしが、“英雄”とも“悪魔”とも言われたのか、その所以を。



