すべての花へそして君へ③

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 ここは己の内側を見せず、表面上で取り繕うのが定石。何せ周りを見渡せば何処ぞの社長や、資産家、政治家、有名デザイナー、パリコレモデル、歌舞伎役者に舞台女優。多種多様な人間が一堂に会しているこの場では、自慢話や他人の悪口、噂話ならさておき、あまり多くは語らない。


「……成る程。しかしそうなると流石にその日数では難しいかもしれませんな。出来ても張りぼて程度にしかならないでしょう」


 しかし、こういう場だからこその機会。立ち話の上口約束にはなるが、ラフな分何かしらの情報を得たり簡単な取引の話をするには気が楽になる。しかしだ。


「そうですか。では逆に、どのくらいの日数でしたら可能でしょうか。勿論、その分の工面はさせていただきたいと思っております」

「通常だと三年から四年。それにプラスして一、二年はかかると思っていただければ」

「率直に見積もって費用は」

「ご呈示の三倍になるでしょうか」


 あまりパーティーなどにも参加したことがなく、取引の経験も少なかったわたしは、正攻法でそれを勝ち取る術を知らなすぎた。今まで交渉が成立していた方が稀なのだと、反省すると同時、周りの大人たちの優しさに改めて感動を覚えた。
 これ以上粘っても難しいかな。これはもう遠回しに断られているも同然だ。初交渉にして決裂は苦い経験になりそう。


「日数はきっかり一年で」

(……ん?)

「それ以上は待てませんね」

(お、お父さん……!?)


 いきなりクレイジーな発言をしたかと思えば、さらに父はかなりの上から目線できっぱりと言い放った。
 ちょっとちょっと! 印象悪くなるからやめてって……!


「……先程も申し上げましたが」


 ほらー! 物凄い迷惑そうな顔してる! もう一回説明するのかって、めんどくさそうな顔してるう!
 あああ、やっぱり苦い体験で幕は下りそうだ……。

 社長としての姿を見るのは実は今日が初めてで、話を聞く限り父はこういう場所には不慣れだった。寧ろわたしの方がいくらか場数は踏んでいるから、何かあればフォローに回らなければいけないと、そう思っていたけれど。


「規模は小さめで構いません」

「……え?」

「別に大きくなくていいんだろう? それとも超豪華な方がいい?」

「い、いえ。大きさも内装も、そこまでこだわっていただかなくて大丈夫です」

「寧ろ質素の方が娘的には有り難いそうです」

「……しかしですな」

「何か不都合がありましたか?」

「……実の所、線引きが非常に難しい」

「ふむふむ……」

「プライベート兼公共利用も可能となると……」

「ふむふ、……む!? (そ、そんな注文したのかい娘よ)」

「(ま、まあ概ねそんな感じ)」

「さらに加えてその利用者があの朝日向様。ご提案いただいて大変恐縮ですが、簡素なものなど造れません。申し訳ありませんが」

「い、いえ! ご無理を承知でお願いしたのはこちらですから。お気になさらないでください」


 ふうと息を吐き、申し訳なさそうに肩を竦め僅かに頭を下げる交渉相手に、わたしも慌てて頭を下げた。
 流石にこれ以上粘るのは不味いか。ただでさえわたしは……。