「……はあ。降参降参。もう。敵わないよ、君には」
一度目を瞠ってから自嘲気味に笑みを浮かべる俺とは対照的に、彼女はほっと安心した表情で、優しい顔で笑っていた。
まるでここだけ、春が来たみたいに。
「それでは、そろそろ行きますね。また年明けに」
「え、ちょっと待って葵ちゃん」
こっちは一通り暴かれたっていうのに、あっさりし過ぎじゃないか。
一人、何事のなかったかのように立ち去ろうとする彼女の腕を慌てて掴む。いつも思うけれど、よくこんな華奢な腕に、肩に、体に、エラいもの背負ったもんだよ、全く。
「……なんですか?」
「葵ちゃんって、何なの」
「え? 何、とは」
「俺にとって。……そんな風に考えるんだよね、最近特に。やけに」
仕事上の相棒。それか上司。
立場を変えれば、監視対象であり標的でもある。
でも、それ以外の何かが、彼女に対して俺の中から溢れてくる。
奥さんとは違う何か。娘たちに向けてるものとも違う何か。これは多分……。
「母親がいたら、こんな感じなのかなって」
「わたし、シズルさんのお母さんになった覚えないんですけど」
「まあね。だからいろいろ考えてみて……」
「そんなこと考えてる暇があるなら仕事してくださいよ。それか家族サービス。そうじゃなかったら休息」
呆れ顔でがっくり肩を落としながら、それでもばんばん文句を言ってくる彼女は、母ではなく姑っぽい。
口に出したら今度は怒られるだろうから、これ以上は何も言わないでおくけど。
だから小さく笑いながら窓から少しだけ、身を乗り出した。
「妹っぽい何かかなと」
「……え」
「そんなしっかり者の妹に渡すものがあるんだけど……」
「え。ちょ、ちょっと待って。待ってシズルさん」
言っておいてなんだが、少し気恥ずかしい。
目の前で感動している彼女は放っておいて、さっさと渡すもの渡して帰ろう。
「プレゼントは、また別で用意しておくからね。妹にプレゼント渡すのは、別に変なことじゃないでしょう? もう沢山もらってると思うけど、俺からも受け取ってもらえると嬉しいな」
「……シズルさん」
「妹ちゃん、返事は?」
「……は、はいっ!」
こんなことで涙ぐんでもらえるなんて。ま、葵ちゃんのことだし、なるだろうなとは思ったけど。
そんな彼女に、はい。忘れ物。



